2012年06月22日

『十帖源氏』を多国語翻訳するための準備

 昨日も、新宿アルタ横の小さな喫茶店の4階にあるレンタルスペースで、『十帖源氏』の輪読会をしました。
 このところ、参加者は6人に定着しました。和気藹々と好き勝手なことを言いながら、海外の異文化圏の方々が翻訳しやすいような現代語訳を作るために、悪戦苦闘しています。

 毎回漏れる言葉に、日本語以外のネイティブスピーカーの方がいらっしゃったら、ということがあります。
 さまざまな文化を背景に持つ異なる言語に、『源氏物語』の絵入りダイジェスト版である『十帖源氏』を翻訳してもらおう、というのがこの集まりの主旨です。そのためには、これでは訳せないだろうからこんな言い方にしよう、と試行錯誤の毎回です。一人でも異言語、異文化で育った人がそばにいたら、杞憂に終わることや、名案が飛び出すことでしょう。

 例えば、昨日はこんなことが問題になりました。

 第4巻「夕顔」の最初の方で、光源氏が「いづれか狐ならん」と言う場面があります。ここの「狐」について、最初の現代語訳では「どちらが化けた狐だろうね」としました。しかし、狐という動物に対する世界各国の理解は異なるのではないか、ということになりました。しかも、化けた狐という意味がどう伝わるかが心配になりました。喩えの表現を訳すのは、本当に難しい問題を含んでいます。
 結論は、世界共通のイメージに拘らなくてもいいのでは、ということで、化けた狐のままでいくことにしました。

 また、「北殿」とあることばも、素直に「北隣さん」でいいのか、ということになりました。
 八月十五夜の晩のことです。光源氏は夕顔を粗末な家に連れて行きます。そして、近所の庶民の会話が聞こえてきた場面です。
 ここに「北殿」とわざわざ「北」と「殿」があるので、これは単なる「北隣のお方」ではないのでは、というところからの疑問です。「北の方」とか「北の対」などのように、何か意味があるのでは、ということなのです。
 結局持ち越し課題となり、訳も「北隣さん」のままとなりました。しかし、こうして訳の点検をしていると、海外の方に翻訳して貰うための配慮は、至る所で必要なのです。このような所を意識的に取り上げて、みんなで検討しているのです。

 このような、『十帖源氏』を多言語に翻訳するためのインフラ整備をする活動に興味があり、お手伝いしてくださる方がいらっしゃいましたら、どうぞこのブログのコメント欄を活用してお知らせください。改めてご案内の連絡をいたします。その際、コメントの公開を望まれない場合は、その旨お知らせください。
posted by genjiito at 23:20| Comment(0) | ◎国際交流
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