■2002年10月28日
学会も無事に終わり、大任を果たされた伊井先生、N君と共にデリ−市内を散索することになった。
一日8時間、80キロ、500ルピーでタクシーを雇う。
世界遺産のフマユーン廟は、私は2回目だったが、二人が初めてだったので行った。入場料が、インド人は10ルピー、外国人は250ルピー。今春行ったこれも世界遺産のタージマハルでもそうだったが、どうも納得がいかない。
掃除をしていたおじさんが、突然説明をしてくれた。
ムガル帝国の第2代皇帝フマーユーンの墓廟で、インド代表的なイスラーム建築である。これはタージ・マハルにも影響を与えたとのこと。
おじさんは、最初はお金はいらないと言って語りはじめた。しかし、やはり終わると手を差し出していた。大変参考になったので10ルピーを渡す。
おばさんたちが草取りをしていた。ぺチャクチャと8人ほどで話している。
写真を取ってくれと言う。お昼前なのに、草は5分の1ほどしか取っていない。古いモスクを一周しての帰り、草取りのおばさんたちがしつこく写真を撮ってくれと言うので、インドの人は撮られるのが好きだから、ということで3人で一斉にシャッタ−を切った。すると一人のおばさんが後ろから追いかけて来て、お金を払えと言う。いつものパターンなので無視して立ち去る。
インドでは最高級のオべロイホテルで食事をすることになった。タイ料理屋でビーフンのようなものを注文したが、私には辛かった。おまけに料金がべらぼうに高い。1人3000円位についた。旅行中は、ホテルでの食事は避けた方がよい。
工芸博物館は月曜休館。しかし、お店はやっていた。タイ料理でお腹がびっくりしたのか、突然便意を催す。トイレに駆け込んだが、どうも雰囲気が違う。四角い部屋の右奥隅に小さな穴があり、正面の壁の中央に水道の蛇口がある。木の戸を閉めるとまっ暗になる。先程ー番手前でー人の男の人が洗濯をしていた。それならこの建物の壁に、右矢印と「Ladies」と書かれていたのは何なのだろう。こんなトイレもインドなら「アリ」だろう、と勝手に決め込んで小さな穴に向かって用を足す。その後がまた大変。何せ蛇口が1mほどの高さにあるので、水を流そうとしても、うまく右隅の穴に届かない。おまけに水飛沫がズボンの裾にかかり、靴もビショビショになった。別の所に二筒所もトイレがあったので、やはりあれは洗濯場だったのだろうか。インドのみなさん、ごめんなさい。
ガンジーの墓へ行く。広大な墓地だった。ひたすら広い敷地の真ん中にお墓がある。そして、そこには「ヘイ、ラーム」というガンジー最後の言葉が記されていた。
すぐ近くのガンジー博物館へ向かう。ただし、月曜日のためにお休み。
正面入ロ前で、石工職人が大きな石を刻み始めた所だった。次に来た時には、何ができているのだろうか。こうしたところが、インドの楽しみの一つである。次にどう変わっているのか、期待半分とそれが失望に変わる微妙な調合が、インドのいたるところで体験できるからである。
コンノートプレイスの少し南にある政府の物産館エンポリウムでお買物。クリシュナの絵を描いた木箱を買う。同様の絵を描いた板扉二枚が1万ルピー(3万円)だった。N君が船便で送るものを買えば手続きすることにしたが、彼も突然のことでパニック。後日決めることになった。伊井先生は宝石を買われた。
街中では、地下鉄工事がいたるところで進行している。一角で、電話回線のチェックをしていた。何とも無防備なこと。このような光景は、いたるところで見かけられる。電話や電気などが突然止まるはずである。
夜は近藤房之介さんのブルースコンサー卜。インド工科大学の野外コンサート会場は大音響で大変。
近藤さんは、1990年にアニメの「ちびまる子ちゃん」のエンディングテーマ「おどるポンポコリン」でデビューした B.B.クイーンズのボーカルと言えばおわかりのはず。なお、私の好きな Mi-Ke の宇徳敬子は、この B.B.クイーンズの音楽コーラス隊だった。このことはまたいずれ詳しく。
この大音響に包まれて、伊井先生はノリノリだった。大発見。
隣に座っていた夫婦が日本語で話しかけて来た。非常にきれいな日本語であった。仕事で日本語を生かしているそうだ。日本に留学したいとのこと。どうすればいいのか相談を受けたが、突然のことでもあり、ご自分でいろいろと調べることを勧めるしかない。外まで送ってくれることになっていたが、出演者のサインや写真などのために断ることになった。新興住宅地のグルガオンに住むまじめな二人だったが、あまり力になってあげられず申し訳ないことをした。
舞台終了後の近藤さんとインドについて少し話し、ちゃっかり記念撮影をする。
会場で一緒になったネルー大学のマンジュシュリ先生の車に乗せてもらい、外の大通りまで送っていただき、そこからオートリクシャで宿舎に帰った。
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