2012年05月27日

学会で研究発表をする基本姿勢

 東洋大学へ行くために地下鉄白山駅を出ようとしたところ、改札口で伊井春樹先生とばったりと出会いました。昨日の大役を終えられたばかりの先生と、道々いろいろなご相談をしながら会場へと向かいました。

 会場では、隣にお座わりの先生が時々目を瞑っていらっしゃいました。いつものことですが、疲れが溜まっているご様子です。私が最近体重がやっと50キロを超えたことを伝えると、君と反対で僕は60キロを切るようになって、とおっしゃっていました。ベストは64キロのはずです。スポーツジムでのトレーニングは続けておられます。しかし、国文学研究資料館での館長時代以上に、今はさらにご多忙の日々を送っておられます。
 とにかく、無理をなさらないように、とお声がけするのが精一杯です。

 今日の発表の1番手は、豊島秀範先生の一番弟子である神田久義君です。
 発表題目は「『狭衣物語』の堀川大殿 ─今姫君との関係を起点として─」です。なかなかしっかりした発表でした。
 
 
 
120527_kanda
 
 
 
 発表内容に関しての詳細なコメントは、ここに記す立場にないので控えます。豊島先生から質疑応答の対応を含めて温かい指導があることでしょう。
 問題意識を持たずに聞いた者として、以下に少しだけ記します。

 発表資料(レジメ)が、とにかくよくできていました。
 
 
 
120527_rejume
 
 
 

 まず、自分が使う物語本文が内閣文庫本であることを明示してあります。一般に流布する活字による校訂本文の所在と、異本に異文があればそれも明記されています。さらには、先行研究もあげてあり、問題点の所在が初めてこの問題について聞かされる者にもよくわかります。

 さらに、発表内容に即した大見出しがあり、その中に引用した資料30点のすべてに小見出しが付されています。それぞれの資料が、どのような意図による提示であるのかが明快です。
 また、引用本文で検討を加える箇所には、適度な傍線も施されています。最近の発表資料には、四角囲いや白黒反転や網掛けを始めとして、さまざまな飾りがなされているものをよく目にします。ネイルアートのようなゴテゴテした資料を見せられると、目がチラチラします。凝り過ぎです。気が散って、発表に聴き入ることができにくい場合もあります。
 その点、神田君の資料は抑制が利いています。もちろん、発表内容の要旨は、冒頭に今回の発表者全員の所にまとめてあります。

 今回の発表で自分が言わんとすることを何とかして伝えたい、という気持ちが伝わってくるレジメとなっていました。この発表資料に目を通すだけで、おおよその話の流れがわかります。欲を言えば、もう少し大きな文字で印字してあれば、さらに見やすいものとなったことでしょう。もっともこれは、私の加齢にともなう目の問題ではありますが……

 短時間での研究発表における資料の提示としては、お手本と言える出来だったと思います。優等生的な出来映えのせいか、かえって文字だらけという印象が残りました。この対処としては、図表の活用があります。図解はプレゼンテーションでは大切な働きをするものですから。
 限られた時間に限られたページの資料を提示することは、いろいろと苦心するところです。さらなる工夫と効果を目指してほしいものです。

 発表内容に関して一つだけ触れておくと、お2人の先生の論文を引いて自説と違う例にしていたことについて、その提示の仕方や口頭での表現にもう少し配慮があればよかったのでは、と思いました。
 その論文の筆者は、そのような意図のもとにその引用箇所を執筆されたものなのか、ということです。論文の読み取りと引用の仕方です。自分の都合のいいような部分だけを切り取ってきた引用になっていなかったのか。
 実際に質疑応答の場面において、引き合いに出されたお一人の先生が、自分の論文の意図を確認しておられました。
 なかなか難しい問題です。しかし、先行研究をいかに読み解いて自説との接点に対峙させるかは、研究発表での技術的な問題にもなります。これは、さらに研鑽をしてほしいと思いました。

 質疑応答での対応は、丁寧な応答で好感を持ちました。
 最近、質問をしていただいた方との距離感覚が測れない場面によく出くわします。先生からの質問と、大学院生などからの質問に対して、その対応の仕方は自ずと異なるはずです。そのためにも、質問者は所属と名前を言ってから質問しているのです。
 自分が発表者であるという立場を自覚して質問に対処しないと、とんでもない上から目線になったり、失礼な応対になったりします。衆人環視の中での人間関係への配慮は、敬語という道具でうまく切り抜けられます。問われたことに応えることに必死になるあまり、ついこの対人関係のバランスを失したりしがちです。
 そうした意味で、今日の神田君の対応はよかったと思います。

 全体として私の聞いたところでは、提示した命題に対する実証過程と論理と結論に破綻はないように思いました。しかし、それが他人を納得させるものとなっているのかどうかは、今後の評価を待つしかないと思います。

 神田君には、私に関わる仕事を助けてもらうことがあります。現在、国文学研究資料館にもアルバイトで来てもらっています。いろいろな場面で勉強を積み重ねて、さまざまな分野で活躍する研究者に育ってほしいと願っています。

 今回の学会の中で、休憩時間などを通して、多くの先生方や学生さんと話をする機会がありました。これまでのお付き合いのつながりを確認し、今問題しておられるテーマや内容がわかり、さらには新たな情報をいただくなど、学会は貴重な情報確認と収集の場であることを再認識しました。

 白山駅への帰り道で、何と東洋大学へ向かわれる室伏信助先生とばったりと出会いました。
 発表資料だけでももらうために来たとのことです。最近は歩くのが少し苦痛になって、とおっしゃっていたので、すぐに神田君にメールと電話をして、室伏先生の学会資料を確保してもらい、来週私が受け取ってお渡しすることにしました。そして、脚の調子がよくないとおっしゃる先生が誘ってくださるままに、駅前の喫茶店でいろいろなお話を伺いました。
 先生からは、いつもたくさんのお話を伺っています。今日はまず、昨春刊行した『もっと知りたい 池田亀鑑と「源氏物語」第1集』の巻頭に置いた室伏先生と私の対談について、親しくなさっている河北騰先生から訂正してほしいとの連絡が入っている、との話から始まりました。それは、15頁の室伏先生の発言の中にある、立教高校の宿舎に入っていたというのは間違いで、自分の家が新座駅の近くにあったのだ、ということなのだそうです。まずは、この場を借りて訂正します。今秋刊行予定の『もっと知りたい 池田亀鑑と「源氏物語」第2集』で、改めてお詫びと共に訂正するつもりです。
 そして1時間半ほどでしたでしょうか、意義深い楽しいお話を伺うことができました。
 お疲れの出ない内に、また荻窪でお酒をご一緒に、という約束をしてお別れしました。
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | ■古典文学
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]