2012年05月22日

読書雑記(50)西村慎太郎『宮中のシェフ、鶴をさばく』

 息子が料理を専門的に勉強するために、調理師専門学校に入学したのは数年前です。日本料理を極めるという意気込みでした。今はイタリア料理を勉強中のようです。しかし、和食の勉強からは得難いものをもらったようです。

 その息子の入学式の時、大阪城ホールの舞台では、儀式としての「式包丁」が行われました。確か、生間流だったと思います。烏帽子、袴、狩衣姿の家元が、包丁と菜箸で鯛を捌かれました。

 今でも、息子は私にいろいろな食事を作ってくれます。最近は、糖質制限食を頼んでいます。やはり、和食から得た技術は、さまざまな局面で生きているようです。

 さて、本書『宮中のシェフ、鶴をさばく 江戸時代の朝廷と包丁道』(西村慎太郎、歴史文化ライブラリー344、吉川弘文館、2012年5月、223頁)は、実は私の同僚の著作です。
 
 
 
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 歴史畑の若手研究者として、2年前に国文学研究資料館に赴任した新進気鋭の研究者です。
 ケンブリッジ大学の大学院生が尋ねてきた時も、近世の問題ということもあり私には手に負えませんでした。そこで、西村氏にそのサポートを頼み、貴重な助言の数々をして私の負担を軽減してもらえました。とにかく、気持ちのいい青年です。ただし、本書には少しコメントしたいことがあるので、敢えてここに取り上げます。

 本書は、私にとっては息子との話題の共有にもなればと思って丹念に読みました。最初は、歴史的な記述が続きます。しかし、次第に包丁道の話がおもしろくなっていきます。
 一般の方には、語られる内容が固苦しい感じで読みにくいかもしれません。しかし、教わることの多い一冊です。

 以下、私がしるしを付けた箇所を抜き出しておきます。


もし江戸時代の天皇に「権威」が存在するなら、将軍家は天皇家との血縁を濃くしたいと思うであろうが、それをしている形跡が認められないことからも、天皇に「権威」がないことを前提に考えるのが普通であろう。(16頁)


・安永年間の「安永の御所騒動」が、安永8年に21歳で亡くなった後桃園天皇の死期を早めたのではないか、という指摘は興味深いものです。

皇位は遠い親戚の兼仁親王に移るが、ベテラン「シェフ」の大量解雇と新人の大量雇用が死期を早める淵源となった、といってはいい過ぎであろうか。(54頁)


・天皇の食事スタイルについて。

「明治時代以降の朝食はいわゆるフレンチスタイルで、カフェオレとパンのみであった。(57頁)


・由紀さおりの姉安田祥子の夫は澤田久雄。その久雄の兄信一の妻である堤正子は宮中の魚を担った御用商人奥八郎兵衛の11代目の孫。魚を扱う御用商人奥八郎兵衛は、丸太町富小路東入に店舗を構えた。この家は、清和天皇以来の宮中の魚を担う由緒ある家。奥八郎兵衛は「星ヶ丘茶寮」を建設し、北大路魯山人が美食家の料亭にした。空襲で消失した茶寮は、戦後は東急の五島慶太が東京ヒルトンホテルとし、そこにビートルズが宿泊した。(61頁)

・江戸時代の公家の婚礼では、平安時代のような「三日夜餅」や「露顕」というしきたりはなかったようだ、とあります(93頁)。

 とすると、いつ頃まで伝承していたのでしょうか。食物と儀式に関して、興味のあるところです。

 本書は、江戸時代の料理人を巡る話から、やがて鶴包丁の話になっていきます。長屋王の屋敷に「鶴司」が置かれていたというのですから、古くから鶴は儀式の中などで食されていたようです。献上や下賜に鶴が用いられているのです。
 今では食べることのできない鶴です。どのように調理され、どんな味がしたのか、興味を持って読み進んでいきました。まさに、鶴の解体ショーです。ただし、この鶴の話は残念ですが失速します。

 鶴包丁で使われるのは、タンチョウヅルではなくて、クロヅルやマナヅルだったそうです。具体的になればなるほど、食事とはいえ無縁だった動物なので、イメージが生々しくなります。

 松岡行義の『後松日記』に記されている天保4年(1833)の「包丁ノ稽古」が紹介されています。

「包丁道」という名称をだけ見ると、家元がいて、秘伝があって、複雑な作法があるように考えがちだが、実際はそのようなものがないということがわかる。(129頁)


 包丁道に関する資料が少ないこともあってか、後半は関係者の生き様の話になります。歴史話となり、やや退屈になります。鶴がどこかへ行ってしまったからでもあります。

 資料が少ないことも、この分野を記述することの難しさがあります。

 堂上公家の姿がよくわかりました。四条家の包丁道も、よくわからないながらも興味深く思われました。
 ただし、鶴を捌いた高橋家から包丁道を家職とした四条家の話に移る130頁あたりから、しだいに話の生彩をなくしているように思えます。手堅い歴史の舞台裏を語ることが多くなるのです。やはり、本書の標題となっている〈鶴をさばく〉ことをテーマとして一書を編むには、決定的に資料の少なさが影響を与えているようです。後半は、なんとか包丁道に関わりのあるネタでつないだ、という読後感が否めません。

 本書は、歴史を包丁道という視点で見る点で、基礎的な問題を取り上げた貴重なものとなっていると思います。しかし、それと本書のタイトルである[宮中のシェフ、鶴をさばく]とが乖離しています。サブタイトルの[江戸時代の朝廷と包丁道]はわかります。このメインタイトルが内容と密接にリンクさせられなかったことは、残念なことだと思われます。
 書名に惹かれて手にして読んだ人は、読み終えてそこに違和感を抱くのではないでしょうか。否、半ばから読み流されてしまうのではないでしょうか。
 書名が良すぎたのです。内容の良さが、この書名には盛られていません。

 しかし、著者は調査研究を積み上げて、今後ともさらなる成果を示していかれるはずです。
 私は、本書が契機となり、著者のさらなる研鑽と進展が楽しみになりました。
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | *美味礼賛
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