2012年05月19日

鴨長明のシンポジウムに参加して

 今日は、東京の霞ヶ関にあるイイノホールで、「人間文化研究機構 第18回公開講演会シンポジウム」というイベントが、国文学研究資料館の主催で開催されました。
 プログラムは以下の通りです。

【テーマ】
  不安の時代をどう生きるか
  鴨長明と『方丈記』の世界
【講演】
 「転換期の歌人長明の鬱情」 馬場あき子(歌人)
 「方丈を生きる」 山折哲雄(元国際日本文化研究センター所長)
【シンポジウム】
 「いま長明・『方丈記』を読みなおす」
■パネリスト
 荒木 浩(国際日本文化研究センター教授)
 磯 水絵(二松学舎大学教授)
 浅見和彦(成蹊大学教授)
■コメント
 馬場あき子・山折哲雄
■朗読
 和田 篤(元NHKアナウンサー)
■司会
 寺島恒世(国文学研究資料館教授)


 鴨長明を取り上げているのは、『方丈記』が書き終えられた建暦2年(1212)から数えて今年が800年目だからです。今の世相を見据えたタイムリーな企画です。

 会場は、380名ほどの聴衆で埋まりました。
 会場を見渡すと、いつもこのイベントにいらっしゃる中高年の女性よりも、圧倒的に高齢の男性が多いように見受けられました。鴨長明という人間像や、災害の記事が半分以上という『方丈記』という作品の性格と深く関係していると思われます。

 まず、歌人の馬場あき子さんが「転換期の歌人長明の鬱情」と題して講演をなさいました。
 馬場さんとは、学生時代にある宴席で横に座る機会があり、お話に交えていただいたことがありました。あれから40年近く経っても、あの頃と変わらない艶のある若々しい声です。
 いつもそうですが、今日も明快なお話でした。鴨長明集にあるいくつかの和歌を紹介され、わかりやすく長明の人と形を語られました。

 続いて、元国際日本文化研究センター所長の山折哲雄先生の「方丈を生きる」です。
 旅先での薮蚊の話に始まり、良寛や谷崎潤一郎のことに触れながら、芸術を捨てなかった人間的な鴨長明の生き方を語られました。講演慣れしておられることもあり、ゆったりと淡々と語られました。
 比叡山における修行は「論・湿・寒・貧」に耐えること。法然、親鸞、道元、日蓮たち思想的巨人は、ここから見えてくるのではないか、と。特に「湿度」の問題は重要だとも。そして、親鸞を鴨長明と同じレベルで比較してもいいのでは、と思うようになったそうです。
 そこから寺田寅彦が指摘する「涼しさ」のあり方に展開し、詩歌などで鋭敏な感覚として表現されることへと話はつながりました。これが、鴨長明の『方丈記』の冒頭にある川の流れと関係し、深い意味をたたえているそうです。また、『方丈記』に語られる風もそうだと。芸術と宗教という2つの空間を、鴨長明は数寄者の生き方で通したのです。
 話の最後は、和辻哲郎の『風土』で締めくくられました。モンスーン列島に関する蘊蓄に満ちた語りに引き込まれながら聞き終えました。

 休憩時間に、朝日新聞記者の白石明彦さんが、私がいた席にお出でになりました。『源氏物語』の千年紀を始めとしてお世話になってから久しぶりです。しばらく、お話をしました。
 いろいろな話の中で、私が刊行するはずだった『源氏物語【翻訳】事典』』が、その後どうなったのかを訊かれました。まだ再校正の段階で、と、歯切れの悪いことこのうえなしです。もう5年もかかっているのです。しかし、こうして気にしてくださっていたことを嬉しく思いました。
 白石さんが朝日新聞に署名入りで記事をお書きになったものは、必ず読んでいます。何紙かの、何人かの取材を受けてきましたが、私は白石さんの姿勢に一番好感を持っています。綿密な取材をもとにした上で、わりかやすく簡潔にまとめて書いておられるので、いつもお書きになる記事を楽しみにして読んでいます。
 今回も、この企画を記事になさるようです。これも、楽しみです。

 【シンポジウム】に移りました。テーマは「いま長明・『方丈記』を読みなおす」です。

 今回のイベントの中では、『方丈記』の朗読が3度ありました。プロの読み方は違います。原文が語りとして染み通って来ます。

 パネリストの発表は以下の内容でした。

◎荒木 浩(国際日本文化研究センター教授)
 漱石の『草枕』と『方丈記』を引き合いに出して語り出されました。漱石は『方丈記』を英訳しています。
 いつものようにテンポが心地よい、切れ味のあるお話でした。
 『方丈記』の「恥」については、もっと聴きたいところでした。今春は、京都新聞で連載を担当しておられたので、あの名調子でもっと語ってほしいところです。しかし、時間の関係で話が流れて行きました。
 提示される資料が今につながる新鮮なもので、今後の『方丈記』の研究の楽しさが伝わってくるものでした。
 
 
 
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◎磯 水絵(二松学舎大学教授)
 数寄三昧の生活の鴨長明は、和歌を声を出して歌っていたようです。
 そして、お話を伺っていて、出家者である鴨長明の、神と仏の多面的な世界にどう向き合い、どう整合性を持たせたのか、ということを知りたくなりました。
 『往生要集』を草庵に持ち込んだ鴨長明の神観念も、さらに知りたくなりました。
 つまるところ、究極の生活について考えようという話でした。

◎浅見和彦(成蹊大学教授)
 5つの大きな災厄を引いての『方丈記』に関するお話でした。
 治承4年(1180)4月の辻風について、藤原定家は『明月記』で「北方」と言い、九条兼実は『玉葉』で「三条四条」で発生したとしています。
 これを鴨長明は、「中御門京極」という非常に具体的な場所を指摘しているのです。
 それは、京都御苑の南端で、南南西の風と言っている。ここに、鴨長明の姿勢がわかると言われるのです。これは、火事の後などに、手元にあった地図にしるしを付けていたので、面積は三分の一で扇型と言えたのではないかと。歩き回る鴨長明の姿を語られました。

 ここで、2回目の朗読となりました。会場がピシッと締まります。

 最後のパネルディスカッションになりました。

 3人の発表者同士がお互いの発表に私感を加えられました。
 さらに、馬場あき子・山折哲雄氏のコメントが続きます。そのおおよそを記録しておきます。

・漱石が五大災厄を訳さなかったことの意味について、荒木先生は、面倒くさかったのだと。
・鴨長明は和歌と管弦のどちらがすきだったかという質問に、磯先生はどちらもだと。
・『方丈記』は体験者の記述だということについて。荒木先生は、実際の災害時には俯瞰的な視点にはなれない。長明は出かけて行ったのではなくて、後に追補して書いたのではと言われる。これに対して浅見先生は、当座の印象だと思われる、とされました。
・馬場さんは、長明は和歌よりも琵琶や琴の方を楽しんでいたのではないかと。
・また、神をこんなに簡単に捨てられるか?とも。
・山折先生は、漱石と谷崎の羊羹のことを引き合いに出し、『草枕』と『陰翳礼讃』で共通する問題を提示されました。
・ジャーナリストの資質という視点から見ると鴨長明はどちらか。取材タイプか救助タイプか、という提言もありました。
・『方丈記』の終章をどう読むか?という司会者からの質問に対して。
   荒木先生、唯識と禅
   磯先生、跋文
   浅見先生、仏に縋りたい
   馬場、わからないという結語
   山折、呟くような念仏

 朗読の3回目は終章の部分でした。
 このように原文を読んで確認する進行は、非常に効果的だったように思います。いかにも国文学研究資料館が主催するシンポジウムらしいものになっていた、と思いました。

 全体として、大変中身の濃い、そして充実感を共有できたシンポジウムになっていたと思います。
 私も、専門外とはいえ、いい勉強をさせていただきました。
 
 最後の今西裕一郎館長の挨拶にあったように、国文学研究資料館では来週の5月25日(金)より約1ヶ月間にわたって、立川の1階展示室で「創立40周年 特別展示『鴨長明とその時代 方丈記800年記念』」が開催されます。入場は無料です。
 主な展示資料としては以下のものがあります。

伝松花堂昭乗筆「先賢図押絵貼屏風」 個人蔵(八幡市立松花堂美術館寄託)
「方丈記」 財団法人前田育徳会 尊経閣文庫蔵
「鴨長明座像」 法界寺蔵
「嵯峨本 方丈記」 当館蔵
「方丈記」 当館蔵(川瀬一馬旧蔵)
「発心集」 個人蔵(国文学研究資料館寄託 山鹿積徳堂文庫)
堀田善衞「方丈記私記」自筆原稿 県立神奈川近代文学館蔵


 どうぞ一度脚を運んでご覧ください。
posted by genjiito at 22:38| Comment(0) | ■古典文学
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