2012年05月16日

京洛逍遥(232)葵祭で神仏習合を考える

 昨日とは打って変わって心地よい青空の下、葵祭の路頭の儀が行われました。
 行列は30分ほど遅れていたので、出町の交差点まで下って見物しました。
 
 
 
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 やはり、腰輿(およよ)に乗る斎王代は沿道の注目の的です。
 
 
 
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 お昼は、鯖街道の終点である出町枡形商店街のお総菜屋さんで、私が大好物なしいたけ煮やてっぱいなどを量り売りで買い、賀茂の川原の木陰でいただきました。比叡山が目の前に聳え、右手に如意ヶ岳の大文字を見霽かすいい場所でした。

 行列が下鴨神社に入ってからのことは、一昨年の「京洛逍遙(141)葵祭の社頭の儀」(2010年5月15日)で詳細に記しましたので、そちらをご覧いただければと思います。

 祭儀が終わってからは、下鴨神社で祢宜をなさっている嵯峨井さんからお話が伺えることになっていたので、食事を終えると社務所に向かいました。境内に入ると、ちょうど東游を終えた舞人の方々が和琴を従えて出てこられるところでした。
 
 
 
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 そして、踞と言われる束帯の下襲の後ろに長く引く部分を、三人が協力して石帯の部分に掛け合っておられる姿を見かけました。みなさん歩く時に苦労なさっていたので、なかなか微笑ましい助け合いの風景でした。
 
 
 
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 今年の斎王代は第57代で、四条高島屋の向かいにある老舗呉服店「ゑり善」の敦子さんです。
 嵯峨井さんに葵祭に関するいろいろな話を伺っていた時に、ちょうど斎王代が上賀茂神社に向かわれるところでした。
 今春、娘たちの結婚式で控え室として使わせていただいた重要文化財の供御所から出てこられ、腰輿に乗られる所です。境内内部ということで立ち入り禁止の場所でもあったので、写真が撮れたのは幸運でした。
 
 
 
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 目の前を行く斎王代の眼は、使命を帯びた視線で前を見据えておられ、疲れを見せずに我が家がある方角の下鴨本通りへと出て行かれました。
 
 
 
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 また、西の出口では陪従の方々が馬に乗られる所でした。巻纓の冠を着け、濃い葡萄色の闕腋に獅子・熊・唐草などの蛮絵模様が浮き立つ美事な装束のみなさんと、少しお話ができました。
 
 
 
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 さらに、この行列では最高位である近衛使代の方は、垂纓の冠に、これまたすばらしい束帯姿です。ただし、馬に乗るのは大変そうです。その馬の飾りも美事で、銀面というものを初めて見ました。
 
 
 
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 みなさん疲れを感じさせず、このお祭りが好きでたまらないという勢いで本通りに出て行かれました。

 行列を見送った後は、葵の庭で嵯峨井さんから葵祭の裏話や、かねてより問題意識としてもっておられる神仏習合の話を伺いました。
 大飯殿では、神饌の詳しいことを聞くことができました。
 その中で特に興味を持ったのは、神饌に花がない、ということです。花は仏事中心のものであり、神事には出てこないと。ただし、平安時代の中期から出家神主が多くなるので、一概に仏教色がまったくないのではないようです。その例として、下鴨神社の本殿の中に、仏舎利があったという記録があるそうです。仏教の影響がどのようにあったのか、今後とも研究テーマとして追究していかれるようです。
 また、神事の調理に味付けらしいものは塩だけなので、神さまには味覚がないのでは、という指摘も忘れられません。お下がりに砂糖を加えると、結構おいしいそうです。
 神と香りや味について、今後とも注意してみたいと思います。

 嵯峨井さんは、先年國學院大學で博士号をとられた学者です。長い間、神事に関わってこられた体験を踏まえてのお話であり研究なので、今後とも折々にたくさんのことを教えていただきたいと思っています。
posted by genjiito at 22:54| Comment(0) | ◎京洛逍遥
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