2012年04月23日

英訳『源氏物語』に関する新情報

 中京大学の浅岡先生から、「読売新聞」に掲載されていた貴重な情報を教えていただきました。
 こうした情報を一人でも多くの方と共有するためと、さらなる情報の提供を願って、その内容を以下に私の興味の範囲で摘記しておきます。
 
(1)読売新聞(明治23年(1890)9月15日、朝刊3面)

・末松謙澄と依田百川の『源氏物語』に関する激論
・末松「予はそれほど源氏に通暁せるものにあらざれども聊か目を通したる事もあればと云ふが言出しにて今迄の学者は唯源氏を称賛することを知れども其瑕瑾に気付かざるは憐れむべき次第なりと云ふより自分が源氏を英文に翻訳せし時種々の瑕瑾を見出したることを説き起し弥々論鋒を依田氏に向け終に唯源氏に驚くべきは当時何事も唐土の風を摸擬するが習なるに独り小説のみは之を摸擬せざりしは唐には其時代迄小説のなかりしを以て之を知るべく殊に源氏の如きに至ては名文もて此の如き大著述を為しそれで少しも摸擬する所なかりしは頗る感心の至りなり」
・依田「君は源氏を能く読んだのではないどうでも能く読んだのではない君が能く読んで翻訳したれば赤鬚も必ず感心したに違ひないのだ」

 
(2)読売新聞(大正14年(1925)9月25日、朝刊4面)

・「読書界出版界 英訳『源氏物語』 英誌「スペクテーター」評(上)
  ─光る源氏は仕方のない男─」
・『源氏物語』が「大英博物館極東部に勤めているアーサー・ウオレー氏によつて初て英語に完訳されることになつたのだ。」
・アーサー・ウェイリーの若き日の写真が掲載されている。

 
(3)読売新聞(大正14年(1925)9月26日、朝刊4面)

・「読書界出版界 英訳『源氏物語』 英誌「スペクテーター」評(下)
  ─紫式部の心理描写は深刻だ─」
・「此本のうちで最も優れた箇処は、源氏と懇意だった六条院が源氏の夫人の死を聞いて自分が今まで故夫人に対して悪い事あれかしと考へたことがあつたかしらん知らず/\のうちに悪しかれと考へてゐたゝめ、夫人の死を招いたのではなかろか、と恐れ考へるところである。」

 
(4)読売新聞(昭和8年(1933)11月16日、朝刊4面)

・「誤れる日本文学への認識 ウエリ氏の英訳源氏物語 【上】 宮森麻太郎」
・「同氏が某女史の現代口語訳に依つたにもせよ」
・「ざあつと全体を読んで、原文とも対照して見た後の頭の中には残念ながら、評判ほどの代物ではないから買つてはいけないといふ印象が深く刻まれてしまつた。」
・「女御を「腰元」にしてしまつた彼は更衣を腰元よりも身分低い「端女」と解したのであらう。」
・首巻「桐壺」の冒頭部分の訳について、「五十二年の昔に出来た末松謙澄博士の『御名前は解らないが或天皇の御代に』といふ意味の英訳の方が余程ましである。」

 
(5)読売新聞(昭和8年(1933)11月17日、朝刊4面)

・「誤れる日本文学への認識 ウエリ氏の英訳源氏物語 【下】 宮森麻太郎」
・「同氏はこの大切な多くの和歌を省略してゐるか、さもなければ誤解だらけの愚にもつかない散文訳にしてゐる。」
・「末松博士の訳(中略)と比較すると雲泥の相違が発見される。」
・「要するにウエリ氏の日本文学に関する知識素養は浅薄で不完全であり同氏は英詩の書けない人であるから、其翻訳は信を置くことが出来ない。斯ういふ認識不足に基く翻訳は一種の神聖冒涜でもある。国家非常の今日、徒らに日本文学の紹介を訳も解らない外人の手に委ねないで、我国にも外国語の出来る立派な学者が多々あるやうであるから、その人達が一番国家奉仕の意味で奮(?)起して、旺盛なる日本文化紹介の運動を海外に向つて計画実行しては如何か。私はその方がもつと安全で効果的だらうと信じて疑はない。」
posted by genjiito at 23:54| Comment(0) | ◎源氏物語
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