2012年04月09日

読書雑記(48)高田郁『夏天の虹−みをつくし料理帖』

 高田郁の文庫書き下ろしによる「みをつくし料理帖」シリーズの第7作(時代小説文庫・ハルキ文庫、2012.3.15)です。
 
 
 
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 高田郁の「みをつくし料理帖シリーズ」は、春と秋の年2回の刊行が楽しみです。今年も、第7弾が先月に出ました。
 しかし、巻末の「作者からひと言」によると、「長年温めていた題材が時の経過とともに失われていくことを危惧し、その取材と執筆に専念させて頂きたいのです。」という理由で、今秋は休刊になるそうです。
 さらに心躍る物語になることを期待して、来春の第8弾を待ちたいと思います。

 さて、本作について、感想を記しておきます。
 
■「冬の雲雀――滋味重湯」
 道は一つしかありません。小松原の理解を得て、澪は武家の嫁入りではなくて、料理人の世界を生きる決断を下しました。
 大人の理性が前面に押し出されています。情は、押し留められたまま、善人たちの物語が続いていきます。
 自分勝手な判断と小松原の思いやりに満ちた態度。その狭間で思い悩む澪。自力で立ち直る澪に、春が重なっています。
 本話では、ご寮さんである芳の存在が、苦境の中にいる澪を救っています。【3】
 
 
■「忘れ貝―牡蠣の宝船」
 一つの料理が完成するまでの苦心を、作者が語る内容を共にしながら読み進むことになります。
 話は、澪の恋に収斂していきます。ただし、話の展開がぎこちなく、盛り上がりに欠ける作品となっています。
 次への繋ぎとして読み終えました。【2】
 
 
■「一陽来福―鯛の福探し」
 匂いと味がわからなくなった澪。又次がそれを献身的に助けます。気心の知れた仲間が力を合わせて、急場を凌ぐことになりました。
 それにしても、料理人にとっては致命的な事態の設定です。作者の物語る苦心も伝わって来ます。
 前作あたりから、月が顔を出すようになりました。心情と情景の転換を、この月に負わせようとしているかのようです。話が暗くなっていることも影響しているようです。
 精進を重ねれば、真っ青な空が望める、ということを信じて、澪は前を向いて生きていくのです。
 この作品は、後半の鯛の福探しの話だけで独立しそうです。それだけ、話の作り方が複雑になってきたということでしょう。
 それに伴い、これまで作者は、個人の行動や感情をうまく描出し、感動的な話を語ってきました。それが、この作品では、集団の動きが描けるようになったと思います。描写力に加えて、筆力と描き分けが巧みになったからでしょう。集団が描けたのは、私の知る範囲では井上靖の戦国ものです。この作者の進歩は、今後の作品をさらに楽しみにしてくれます。【3】
 
 
■「夏天の虹―哀し柚べし」
 人との別れを語ることが多いこの作者。情の掛け方が巧く抑制されてきて、爽やかさが伝わってくるようになりました。この適度なバランス感覚がいいと思います。
 また、添景としての月や星も効果的です。ここでは後半の燕の雛の様子など、話題に絡ませながら演出に活用しています。
 末尾での吉原炎上は圧巻です。作者が描写力を身につけたことを、ここでも確認できます。迫り来る火の粉が眼前に見えるような迫力が伝わってくるのです。
 幼馴染の野江の髪が焦げた匂いで嗅覚が戻った澪は、新たな物語世界に突き進んで行きます。
 これまで情に訴えることにかけては高く評価していた私は、この火事場を描き切った作者の急成長を、こうした場面の描写を通して確認することができました。
 さらなる完成度の高い作品が書かれることを、楽しみにしたいと思います。もっとも、今夏はお休みとのことなので、来年の春3月までのお預けです。【5】
posted by genjiito at 22:31| Comment(0) | ■読書雑記
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