この資料については、浅岡邦雄先生(中京大学)のご教示により知りました。いつも、貴重な情報を教えていただき、感謝しています。
さて、当館報に紹介されている池田亀鑑の書簡は、以下の8通です。
(1)昭和6年6月22日(封書、ペン書、便箋一枚)
(2)昭和10年12月17日(封書、墨書、便箋三枚)
(3)昭和13年10月7日(封書、墨書、便箋二枚)
(4)昭和15年8月12日(封書、墨書、便箋二枚、速達)
(5)昭和15年(推定)8月21日(封書、墨書、便箋四枚、速達)
(6)昭和16年3月29日(封書、墨書、便箋二枚)
(7)昭和19年5月28日(封書、墨書、方眼紙一枚)
(8)(不明)年4月25日(封書、墨書、巻紙、使い便、冒頭部の影印掲載)
この中でも、(4)の手紙文に次のように書かれていることが、私の興味を惹きました。
(前略)昨日は御芳書たまはりまして忝く存じます 御下命の件早速調査を致しまして御報告申上げます あの箇所の異文も悉くご報告申上げます 何卒一両日の御猶予御願申上げます(後略)
これによると、この返信を書いた前日の昭和15年8月11日に、佐佐木信綱から『源氏物語』の異文箇所についての問い合わせの手紙が来たようです。それについて、すぐに調べて回答すると言っているのです。
次の(5)の書簡には、昭和何年かが記されていないようです。しかし、手紙全文が次のように書かれていることから、これは(4)を受けて池田亀鑑が『源氏物語』の本文を調べている内に、佐々木信綱からさらに書簡が届き、それに恐縮して調査結果の報告を記したものであることがわかります。
最初に佐々木信綱から問い合わせがあってからこの返信まで、10日ほどが経過しています。
拝啓 只今は重ねて御手紙をたまはりまして忝く存じ上げます 御下命の件大変延引いたし申訳ございません 色々と調査いたしました処 青表紙本と河内本とは本文の異同はございませんが別本と申してをりますものが別紙の如く二様になつてをります
そこで青表紙本といたしまして東山御文庫御蔵の御物本 河内本といたしましてやはり東山御文庫御蔵の」
伝慶運筆梅ケ枝巻(七亳源氏中)別本といたしまして甲類を近衛家本越中局筆 乙類を麦生鑑綱自筆本と定め写真に取りかゝりました処 東山御文庫本が引延しに失敗いたしましたので再三やりかへし やうやく物になりさうな処まで達しました 本日夕方には出来上るとのことでございますから出来上りましたら早速御とゞけに参上いたします 延引の」
段何卒御許し下さいませ
なほ東山御文庫本は正式な許可を得ましてフイルムにをさめましたもの近衛本も同様でございますから御自由に御使用下さいまして一向に差支なきものと存じます いづれ拝眉を得まして
八月二十一日 亀鑑
佐佐木先生 侍史」
青表紙本、河内本
さかの御かとの古万葉をえらひかゝせ給へる四巻
別本
甲類
さかの御かとの万えうしうをえらひかゝせ給へる四巻
乙類
さかの御かとの万えうしうをゑらひてかゝせ給へりける四巻
佐佐木信綱からもたらされた『源氏物語』に関する問い合わせは、現在一般的に読まれている『新編日本古典文学全集』(小学館)で見ると、第32巻「梅枝」で次のような校訂本文となっている箇所です。
嵯峨帝の、古万葉集を選び書かせたまへる四巻、(第3巻、42頁)
おそらく佐佐木信綱は、嵯峨天皇が書写させた「(古)万葉集」が「4巻」となっていることについて、池田亀鑑に問い合わせたと思われます。
この箇所について、池田亀鑑は諸本の本文の違いを調べて、それぞれの本文を引用しています。
ここで気になるのは、「青表紙本といたしまして東山御文庫御蔵の御物本」と言っていることです。池田亀鑑が最善本とした高らかに宣言した「大島本」ではないのです。また、〈河内本〉としては同じく東山御文庫御蔵の「伝慶運筆本」(通称「七亳源氏」)を例示しています。
この書簡は昭和15年8月のものです。
この前後の『源氏物語』の本文関係の情報を整理しておきましょう。
昭和7年11月に、「校異源氏物語」の稿本が完成したので、蒐集した資料の一部が東京大学で展観されました。その時点での底本は〈河内本(禁裡御本転写・室町時代)〉でした。
そして昭和12年2月に、東京大学で開催された第2回目の〈源氏物語展覧会〉では、『校異源氏物語』の底本は「大島本」に変更されていたと思われます。
さらに、昭和17年に刊行された『校異源氏物語』では、〈河内本〉から〈いわゆる青表紙本〉を代表するものと認定した「大島本」に、底本が一大変更となりました。
こうした背景を考えると、昭和15年8月に佐佐木信綱への回答文の中で、池田亀鑑が「大島本」をまず取り上げていないのはどうしてでしょうか。この時点では、まだ「大島本」の整理が終わっていなかったと考えた方が自然ではないでしょうか。
昭和17年には「大島本」を絶賛して『源氏物語』の最善本とするのですから、その前の昭和15年は、〈河内本〉としての東山御文庫蔵「御物本」から〈いわゆる青表紙本〉としての「大島本」へと大きく方針が転回したと見ることができます。
とすると、昭和12年に東京大学で開催された第2回目の〈源氏物語展覧会〉で展示された『校異源氏物語』は、まだ「大島本」を底本とするものには切り替わっていなかった、と考えられます。その過渡期のものだった、と今は考えておきたいと思います。
具体的なことは、今はまだわかりません。状況からしてそう考えられるのであって、このことはさらに調べます。
上記書簡で、池田亀鑑は〈別本〉の本文が2種類あると言っています。
〈青表紙本〉と〈河内本〉が「古万葉」とするところを、〈別本〉では「万えうしう」とし、その中でも「麦生本」には「て」があり、「給へりける」となっている、と言うのです。
池田亀鑑が佐佐木信綱に示した本文を、今に伝わる写本で確認すると、次のようになっています。
陽明文庫本(『源氏物語別本集成』321617)
「さかのみかとの万えうしうをえらひかゝせ給へる四巻/巻=くわん」
麦生本
「さかのみかとのまんえうしゆうをゑらひてかゝせ給へりける四巻」
「陽明文庫本」も「麦生本」も「みかと」となっていて、池田亀鑑が示した「御かど」ではありません。
また、「麦生本」では「しゆう」となっていて、池田亀鑑の言う「しう」ではありません。
どうやら、池田亀鑑が佐佐木信綱に提示した本文は、『校異源氏物語』として校合作業が進んでいた資料をもとにしたものだったようです。『校異源氏物語』の編集方針により、本文が他の本との表記に統一的に調整されたものなのです。
つまり、この昭和15年の時点で、すでに『校異源氏物語』の作業は表記を統一するという方針で整理が進んでいた、ということが言えそうです。早い段階から、〈いわゆる青表紙本〉以外は、写本を正確に翻字したものとなっておらず、漢字かなや活用語の送り仮名などはおおまかにまるめてあったようなのです。
ただし、その本文異同がある箇所の写真を、池田亀鑑は佐佐木信綱の元に届けようとしています。すると、この表記が正確でないことが明らかになります。池田亀鑑にとっては、こうした細かなことは作業チームの担当者に任せていたために、まだ気付いていなかったか、こうした些細なことには目をつぶっていた、ということなのでしょうか。
よくわからないことが出来しました。このことも、さらに調べてみます。
なお、「大島本」では、この箇所は次のようになっています。
さかの御かとの古万葉集をえらひかゝせ給へる四巻/=ヨマキ
つまり、池田亀鑑は佐佐木信綱に、〈青表紙本〉と〈河内本〉は「古万葉」という同じ本文を伝えていると報告しました。しかし、「大島本」は「古万葉集」となっているのです。
このことからも、この昭和15年の時点では、池田亀鑑は「大島本」について全幅の信頼の元に『源氏物語』を代表する本文という認識を確たるものにしていなかった、と言っていいようです。
また、昭和17年に刊行された『校異源氏物語』では、この「梅枝」巻の当該箇所は次のようになっています。
古万葉集─万えうしう陽麦阿桃
えらひかゝせ給へる─ゑらひてかゝせ給へりける麦阿
これは、上記の私の推測があながち外れていないことの証左となりそうです。
さらに、『校異源氏物語』の「梅枝」巻の巻頭にあげられた諸本名は、〈青表紙本〉の最初に「御物本(東山御文庫御蔵)」、〈河内本〉の最初に「七亳源氏(東山御文庫御蔵)」、〈別本〉の最初に「陽明家本(近衛侯爵家蔵)」が置かれています。
この配列の淵源には、昭和15年に池田亀鑑が佐佐木信綱宛の書簡で例示した『源氏物語』の本文を代表するもの、という意識が読み取れるようにも思われます。
以上、いろいろな推測を交えて取り急ぎ記しました。
さらに調べて、『校異源氏物語』が完成する背景の正確なところを、あらためて報告します。
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