下鴨神社の糺の森の南に鴨川公園があります。賀茂川に架かる出町橋と、高野川に架かる河合橋の間に形作られる三角地帯にある公園です。
この三角地帯の南の突端付近で、1羽の鷺が出町通りにある枡形商店街の方をジッと見やっていました。いつものんびりと突っ立っているだけの鷺とは様子が違います。
そして、突然飛び立ったのです。
何事かと思って連写のシャッターを切り続けると、上空から急降下してきた鳶との争いがすぐ目の前で展開したのです。
鷺が鳶から空中で獲物を奪い取ったかと思うと、その後は悠然と川原で独り占めしたものを食べているのです。
鷺が鳶を襲っているところは、写真がすべてぶれていて、どのようにして襲ったのかは確認できません。しかし、別のおじさんが河原で憩うアベックに聴いている話で状況がわかりました。
仲むつまじい2人は、河原の左岸にあるベンチでパンを食べていた時でした。1羽の鳶がそれを上空から狙っていたようで、そのパンをあっと言う間に攫っていったのです。パンを咥えて鴨川公園の方に飛び去ろうとする鳶を、今度は目敏く見ていた鷺が急襲したのです。
おそらく、鳶は驚いてか、パンを口から離したのでしょう。その落下するパンを件の鷺が器用に受け取り、そのまま何事もなかったかのように食べ出した、という短い急襲劇が展開したのです。
鷺はいつも賀茂川でボーッと佇んでいるだけです。何を考えているのか、何をしているのか、沈思黙考タイプの鷺が多いように思っていました。しかし、今日の出来事を目撃し、認識を改めました。
鷺のことをよく知らないからでしょうか、動物の生態の一面を見た思いです。
出町橋からほんの少しだけ遡ったところに葵橋があります。下鴨神社の参道に向けて架かるその葵橋の手前では、鴨たちに囲まれて満足げに佇む鷺がいました。
その向こうの小さな中洲にも、1羽の鷺が休息しています。
いずれも、いつもいる賀茂川の鷺や鴨たちです。
のどかな平安の時間が流れています。
下鴨神社に向かって葵橋を渡ったところで、これまで気付かなかった石碑に目が止まりました。
書かれている文字はこうです。
賀茂御祖神社御参詣時
孝明天皇御衣更処御茶室址
明治天皇御幼少時御遊庭蹟
裏面には、「京都市」とあるだけで、いつどのような目的で建てられたものなのか、帰ってから調べましたがよくわかりません。建っている場所がマンションの一角なので、このあたりに孝明天皇が下鴨神社を参詣された折に着替えをなさった茶室があったということのようです。
また、明治天皇が子供時代に遊ばれた庭がこのあたりにあったようです。
明治天皇ゆかりの地は、現在の京都御苑北東部に産屋「祐井(さちのい)」があります。
「京洛逍遥(49)明治天皇の産屋」(2008年12月 7日)参照
この糺の森から京都御苑は、今出川通りを境にして近いので、調べると関係することがわかるかと思います。
これについては、またあらためて書くことにします。
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