2011年12月26日

読書雑記(47)水上勉『西陣の女』

 昭和27年の京都西陣を舞台とするお話です。1968年(昭和43年)に新潮社から刊行された長編小説です。
 信州の貧しい家に生まれた刈田紋は、18歳で西陣の帯地問屋に引き取られます。それからは、魅力的な女性となり、思いがけない人生を歩む紋の成長が語られます。

 最初に、西陣織の業界や、帯が出来るまでの話がまとめてあるので、物語の背景がわかりやすくなっています。
 今から30年前のことですが、私は機織り機の調査を通して、報告書を書いたことがあります(「機業ー福生の民具を通してー」『福生市文化財総合調査報告 第12集福生の民俗・生業諸業』福生市教育委員会、昭和55年3月)。これは、福生市教育委員会の委託を受けて行なった、民俗調査にもとづいてまとめたものです。民具としての機(ハタ)を取りあげ、その歴史的な位置づけと、当該地における実情を、モノを通して論じたのです。聞き書きをもとに構成したものであり、特にライフヒストリーの部分のまとめ方には、新たな視点を導入したつもりです。
 その時の聞き取り調査で得た知識が、今回この作品を読みながら思い出され、イメージを脹らませるのに役立ちました。いろいろなことをしておくものです。

 それはさておき、作中では随所に人間の心の機微が丹念に描かれます。人の心の中が克明に描写されるので、つい読み込んでしまいます。京ことばも、男女共にきれいに語らせています。流れるようなことばのリズムに乗せられて、心地よく読み進めることになります。谷崎潤一郎賞や川端康成のような、書き物としての関西弁とは一線を画す、上品な京ことばです。

 紋は、20歳を境にして、ものの見方や考え方、そして人生が大きく変わります。自分の美貌を自覚し、それまでの生活環境からの脱皮を図るのです。これも、自然な成り行きと言えます。ここが、結末を考えるときの参考になりそうです。紋については、いろいろな解釈のできる人物設定だと思われます。

 大家となっている画家、今畑冬葉の家に住むようになると、それまでの生活が一変します。そして、相想い合う綴れ織り職人の瀬谷松吉の存在は、忘却の彼方となって行きます。気にはなりながらも、新しい生活に馴染んでいくのです。

 京都の年賀の風習が書かれていました。ちょうど年末に読んでいるので、興味深く覚えました。(新潮文庫165頁)

 松吉は意中の紋が約束を違えて画家と結婚したことを知った後、紋が締めることになる結婚の祝儀となる帯を執念で織り上げます。職人は自分の腕で自分の気持ちを表現するのです。怨みではなく、技術のすべてを注ぎ込むことで、誠心誠意の気持ちを伝えようとするのです。その心の動きが、克明に描かれます。職人としての想いと誇りが、仕事に没頭することで、新たな生きがいとなる様が伝わって来ます。マイナス思考ではなく、前向きに仕事に立ち向かう職人魂が、読んでいて力強く響いて来ます。
 松吉の母に対する抱きとられる思いが紋にすり替えられるのも、人の心をよく見据えた展開でいいと思いました。

 松吉は、愛する女よりも愛された女との結婚について、先延ばしをしながらも逡巡します。しかし、同じ頃、愛する女の夫である今畑冬葉が入院するのです。話はますます人間関係と思惑が錯綜するドラマとなって行きます。
 特に、冬葉が前立腺ガンで亡くなってからの展開は、一気に読んでしまいました。雪のシーンはことのほか幻想的で印象的です。

 最終となる第50節後半に、次のように作者が顔を出します。

刈田紋と瀬谷松吉の西陣にまつわる長たらしいこの現代の蒸発物語はこれで終ることになる。(339頁)

 この一文はなぜ書かれたのでしょうか。
 私は、ない方が余韻を楽しめてよかったのでは、と思っています。

 最後の「むかし、西陣におった女どすわ」ということばが心に残ります。紋のことが気がかりなままに本を綴じることになりました。予想外に暗くなく、湿度も感じない薄明かりが射す作品でした。【4】
posted by genjiito at 22:33| Comment(0) | ■読書雑記
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