2011年12月22日

京洛逍遥(208)「真々庵」でPHPを考える

 南禅寺と京都市動物園に挟まれた白川通り沿いに、松下幸之助の感性と哲学で造られた「真々庵」があります。
 岡崎公園の府立図書館や、京都市国際交流会館へ行く機会が多いので、この南禅寺界隈はよく来る所です。しかし、パナソニックの迎賓館と言われる「真々庵」は、その前を通っていたのでしょうがまったく目に入っていませんでした。
 それが、縁あってお茶の先生からお声をかけていただき、非公開の「真々庵」を訪問する機会を与えられました。

 「真々庵」は、昭和36年に松下幸之助が松下電器の社長を退任して会長に就任した時、中断していたPHP(Peace and Happiness through Prosperity、物心一如の繁栄によって真の平和と幸福を実現する)活動を再開するために手にした別邸です。名著『人間を考える』もここで書かれたそうです。

 すばらしい庭園に加えて、温かいおもてなしの心に包まれた時間を持つことができました。先生はもとより、「真々庵」の支配人さんとスタッフの方々のお心遣いに感謝しながら、松下幸之助の業績を思い返しているところです。

 「真々庵」については、「松下幸之助のお茶と真々庵」(徳田樹彦、『論叢松下幸之助』第5号、PHP総研、2006年4月)に詳細な説明があります。

 徳田氏の文章の中に、次のような記載がありました。

ここに茶席での写真が残っている。まだ三十歳位の石原慎太郎が浅利慶太と坐っている。よく見ると慎太郎は素足だ。幸之助はそんなことは意に介せず和やかに談笑している。幸之助のお茶は型にとらわれない。常に相手に合わせている。そして、実に楽しそうだ。(110頁)

 私は、ネットからダウンロードした文書を読みながら、ここに添えられた写真をしばし見つめてしまいました。これを見ると、お茶席の意味が変わってきます。
 そして、松下電器の社長松下幸之助という知識が吹き飛び、人間としての松下幸之助が立ち現れるようになりました。

 庭園には、琵琶湖からの疎水を引いたせせらぎがあります。この疎水は、哲学の道沿いに流れて、銀閣寺から左へ大きくカーブすると、白川疎水通りとなって我が家の傍を流れて賀茂川に消えていきます。川伝いに、この「真々庵」の庭と我が家一帯はつながっていたのです。奇縁に人知れず感激しました。
posted by genjiito at 22:33| Comment(0) | ◎京洛逍遥
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