2011年12月21日

『還暦探偵』の加筆訂正から見えた問題点

 昨日の本ブログに書いたことを受けて、本文研究という視点でこの作品を見ていきたいと思います。
 藤田宜永の『還暦探偵』(新潮社、2010年10月)は、雑誌『小説新潮』を初出とする短編6作品を集めたものです。
 その奥付上部には、次のように書かれています。

単行本化に当たって加筆訂正が為されている。

 ひとたび一般に発表された作品に作者が手を入れることに興味を持つ私は、この作品の中でも表題作となっている「還暦探偵」の文章を比べてみました。
 我が還暦年のしめくくりという意味からも、簡単ではありますが調べたことを報告します。

 「還暦探偵」という短編は、昨年春に出版された『小説新潮 2010年4月号』(第64巻 第4号 通巻791号、平成22年3月20日発売、34〜58頁)に掲載されました。巻頭に据えられた「特集 大人の胸打つ小説集」という企画の中で、重松清の「てるテール娘」の次に置かれています。

 当該誌の扉には、重松清と並んで藤田宜永「還暦探偵」の内容が3行で紹介されています。

定年男二人。時間だけはある。
そこへ、同級生の会長夫人からある依頼が。
よし、俺たちは「ハワイアン・アイ」だ……


 さて、単行本に収録されるに当たり、文字の変更が4箇所、そして6箇所で振り仮名が追加され、さらに11箇所で文章に加筆訂正がなされました。
 内容はまったく変わりません。藤田宜永は、この作品集ではほとんど初出のままに収載したと言えます。吉行淳之介などのように、大幅な手は加えていないのです。藤田宜永の他の作品については、まだ何も調べていません。少なくとも、ここでは、ということにしておきます。
 なお、この作品はほぼ3万字ほどの分量があります。

 以下に、確認した事実だけでも正確に記録として残しておきましょう。

■文字の変更(4箇所)

 ガン→癌・視→観(3箇所)


■振り仮名の追加(6箇所)

巨躯(きょく)・無聊(ぶりょう)・科(しな)・呂律(ろれつ)・蔵前(くらまえ)・別嬪(べっぴん)


■文章への加筆訂正(11箇所)

(1)[初出 38頁上〜下]


「へーえはないだろう。モテはしないけど、俺はちゃんと口説くからね。
「で、逆ナンされてどうしたんだい」憲幸が訊いた。
「気になるか」
「大いに気になるね」
「何もなかったよ。俺は攻めるタイプだから、逆ナンには乗らないんだ」

 最初の赤字部分は、次のように手が入りました。
「モテはしないけど、俺はちゃんと口説くからね。
   ↓
「モテはしないけど、俺はちゃんと口説く。男は攻めなきゃ
 
・「俺は攻めるタイプだから、〜」
   ↓
・「俺は攻めるタイプだって言ったろう。〜」
 この場には、安達憲幸と共に、何十年ぶりかで会った大和田光子(結婚後は市川)という高校時代のクラスメートが目の前にいます。
 この加筆修正によって、塩崎勉が男として積極性のある自信家になっていることが強調されることになります。
 

(2)[初出 40下〜41上頁]


 憲幸の車は国産のごく普通のセダンである。
「探偵には、MGとかトライアンフが似合うな。ユーノス・ロードスターでもいい。ともかく、ツーシーターのライトウェイトスポーツカーじゃないとね」
「馬鹿。オッサンがふたり、オープンカーで尾行したら、すぐに気づかれるだけだよ。それに、疾走してる間に、薄くなったお前の髪、どんどん抜けちゃうぜ」
「嫌なことを言う奴だな」

 この文で、「(中略)ライトウェイトスポーツカーじゃないとね」の後に、「塩崎が言った。」ということばが見直しによって足されています。
 ここは塩崎と憲幸の2人の掛け合いの会話が続くので、誰が言ったのかをまず明示しておいて、その後の発言者についての混乱を防ごうとしています。
 ここでは、車のことで塩崎がスポーツカーのことを言います。憲幸が持っている車は国産車なので、ここは塩崎の発言なのです。
 それを受けて憲幸が髪が抜けることを言うと、塩崎が「嫌なことを」と気分を害します。
 この後で3つの会話文が単行本では挿入されます。そのため、ここでは塩崎を明示することは、話者の確認ともなっていて、配慮としてはいいと思います。しかし、これが問題を引き起こします。この話者の明示という処置が目に見えることにより、それが原因となって、補訂の不具合が顕在化するのです。
 この後に続く話者が、長文の補入が不完全であるせいもあり、初出と単行本で入れ替わってしまい、おかしくなっていきます。手を入れた作者自身が、登場人物の会話文の設定で混乱してしまっているのです。後で3つの会話文を入れたために、その後の話者が1つずつずれてしまう、ということが出来します。

 確認の意味でも、この文章に続く長い補入の部分を引きます。
 

(3)[初出 41頁上]


「俺は真面目に光子の役に立とうと思ってるんだ
「光子には悪いが、老いらくの恋ぐらい、大目に見てやればいい思うがね」
「そうだけど、当人にとってはやっぱり、寂しいことなんだよ」

 まず、最初の赤字部分の「んだ」が、単行本に収録するにあたっての見直しで削除されます。これは、次に挿入される文章へテンポをよくつなぐためでしょう。この部分は、次のように大幅な補訂がなされます。

「俺は真面目に光子の役に立とうと思ってる
「俺もだよ」塩崎がうなずいた。「ボランティアで町の清掃なんていうのはごめんだけど、こういうのはいいね」
「俺もそう思う」
だけど、光子には悪いが、老いらくの恋ぐらい、大目に見てやればいいって思うがね」
「そうだけど、当人にとってはやっぱり、寂しいことなんだよ」
(単行本191〜192頁)

 光子のために、2人が夫の浮気を調査しようとする決意を固めます。そこが、少し詳しくなったのです。なぜこうした文を補入する必要があったのか、私にはその必然性がわかりません。
 それも、「ボランティアで町の清掃」という行為を軽くいなすのは、そのようなささやかなことにでも生き甲斐を感じて携わっている方々に対して失礼ではないか、と思います。初出時にあったフレーズを削るのではなくて、単行本化に際して加えたのですから、なおさら作者の意図がよくわかりません。
 しかも、ここには3つの会話文が入ったので、交わされた順番でいくと、当初の話主がずれてしまいます。
 最初は、「光子には悪いが、〜」というのは塩崎のことばでした。それが、その前に3つの会話が補入された結果、これが憲幸のことばとなります。そして、それに続く「そうだけど、〜」ということばも、当初の憲幸から篠崎のことばに移行することになります。
 なんとも奇妙な手を入れたことになります。何か作者の意図があってのことかと思ってみましたが、そんなに意味がある場面でもないようです。
 私は、初出当初の「光子には悪いが、〜」は篠崎のことばであって、それを受ける「そうだけど、〜」と言うのが憲幸としてあったほうが、この作品における人物設定と合致するように思います。変更により、かえって混乱が増幅しています。
 今は、作者が手を入れたことに伴うケアレスミス、ということにしておきましょう。
 

(4)[初出 41頁上]


そうだよ。きっと待つことが大半だよ」

 ここでは、「そうだよ。」という憲幸のことばの最初が、見直しによって削除されます。同意することばがなくなることで、2人の距離を少しとろう、というのではないでしょうか。話の流れの中では、こうした削除で憲幸の冷静さが際立ちます。このような例は、この後にもあります。
 

(5)[初出 46頁上]


役者不足の気がするけどな。彼女から見たら、〜」

 ここも、単行本化にあたって、憲幸のことばの最初の部分を削除しています。余計なことばを刈り込んで、スッキリとテンポよく話を進めようというのでしょうか。
 

(6)[初出 56頁上]


考えようによってはネットこそ、アナログが躰にしみ込んでいる我々の世代が利用するのに一番いいんじゃないかな」

   ↓

「アナログが躰にしみ込んでいる我々の世代が一番上手にネットを使いこなせるんじゃないかな」

 これも、憲幸のことばの最初「考えようによってはネットこそ、」と、後半の「利用するのに」が削除された例です。文章に手が入ることで、物言いがスッキリとした印象を受けます。
 そして、「一番いいんじゃないかな」を「一番上手にネットを使いこなせるんじゃないかな」となることで、主語と述語が整理され、よりわかりやすい文章になりました。
 

(7)[初出 41頁下]


「俺が歩いて尾ける」
 問題のふたりは国道6号を右に曲がった。
「お前が先回りできるかもしれない。でも、もしもはぐれたら鳥越二丁目の交差点で待ってろ」

 共に塩崎がしゃべっている場面です。ここが、次のように真ん中にあった地の文が削除され、2つの会話文が1つにと変わります。

「俺が歩いて尾ける。お前が先回りできるかもしれないが、もしもはぐれたら鳥越二丁目の交差点で待ってろ」

 この前後で、尾行対象となる男女が「国道6号」を歩いて行くということが頻出するので、煩雑さを避けて道の左右を曲がるということも削除したようです。確かに、これでスッキリします。
 

(8)[初出 47頁下]


 男がひとり入ってきた。縦縞のスーツに白いシャツの襟を立て、小さな洒落たサングラスをかけていた。顔が大きいから、サングラスはまるで似合っていない。〜

 初出では、サングラスが「小さな」ものだったとあります。ここが、単行本化に伴い、「小振りの」と改められます。すぐ後に「顔が大きい」とあるので、「小振り」の方がサングラスとの取り合わせがしっくりと来ます。


(9)[初出 49頁下]


「長女の一歳の誕生日に、五段重ねの立派な雛人形を飾った時の話だよ。〜」

   ↓

「長女の一歳の誕生日に、五段飾りの立派な雛人形を飾った時の話だよ。〜」

 「五段重ね」では重箱のようなので、「五段飾り」と訂正しています。
 

(9)[初出 50頁上]


「ご出身はどちらです?」
「山梨県の韮崎です。中井貴一の親父、えーと、名前、何て言ったっけなあ」
「佐田啓二」敬一郎が答えた。

   ↓

 憲幸たちが幼馴染みだと知った敬一郎に出身地を訊かれた。
「山梨県の韮崎です」塩崎が間髪を入れずに答えた。「中井貴一の親父、えーと、名前、何て言ったっけなあ」
敬一郎が薄く微笑んだ。「佐田啓二」

 光子の夫である市川敬一郎とのやりとりの場面です。
 突然に初対面で直接出身地を訊ねるシーンを書くことを避けます。地の文に変更したのです。直接的な問いかけに相応しくないと考えて、直したのでしょう。
 また、「塩崎が間髪を入れずに答えた。」とすることで、しどろもどろになっている探偵役を浮き彫りにします。これに対して、「敬一郎が薄く微笑んだ。「佐田啓二」」と、余裕をもった受け答えをする敬一郎の様子が、なおさら対照的に描かれることになりました。
 手を入れることで登場人物たちの様子が生き生きとしてきたのです。
 

(10)[初出 55頁下]


「『ハワイアン・アイ』に繋いでもらったら」憲幸が塩崎に言った。

   ↓

「『ハワイアン・アイ』を観せてもらったら」憲幸が塩崎に言った。

 テレビをネットに繋げてYouTubeを観る場面です。確かに、正確には「繋いで」ですが、状況としては「観せて」がよくわかります。手を入れて、わかりやすくした例です。
 

(11)[初出 56頁下]


(中略)女どもに占領されてはいるが、あのマンションが我が家だと思い知らされたのだ。

   ↓


(中略)女どもに占領されてはいるが、あのマンションが我が家だと、敬一郎の隠れ家を見たことで改めて思い知らされたのだ。

 敬一郎の隠れ家ということを持ち出し、より具体的な説明とすることで、ここもわかりやすくなりました。

 以上、藤田宜永の「還暦探偵」の初出誌に掲載された文章と、単行本に収録された文章を比較することで、どこにどのような手が入っているかを簡単に見てみました。
 ここにあげたものが、その異同のすべてです。
 他の作品の傾向を見ることで、藤田宜永の創作姿勢が見えてくるはずです。
 また、機会があれば確認をしてみたいと思います。
posted by genjiito at 21:53| Comment(0) | □藤田通読
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