2011年12月20日

藤田宜永通読(13)『還暦探偵』

 この『還暦探偵』(新潮社、2010年10月)は、『小説新潮』2008年1月号から2010年4月号に掲載された作品に手を加えて編まれたものです。藤田宜永は1950年生まれなので、ちょうど還暦までの作品を集めたもの、ということになります。

 最近、藤田宜永の作品を読んでいても退屈です。本作も、まだスランプの中にいることが明らかです。一気に読ませる力がなくなったようです。
 これは、藤田宜永が還暦直前の時期に書いた作品集ということで、私自身の還暦記念という気持ちで読みました。藤田宜永は、私よりも1歳上です。しかし、力を抜き過ぎているせいか、特に響いてくるものはありませんでした。その抜き加減が中途半端なのです。

 もっとも、本書の中では「難しい年頃」だけはいいと思いました。このあたりから、新しい藤田宜永が見られるようになればいいのに、と思っています。

 藤田宜永の作家としての力量はこの程度ではないはずなので、今後とも期待しつつ読み続けていくつもりです。
 
 
■「喧嘩の履歴」

 最近はとみに手抜き作品が目立っている藤田宜永です。しかし、これは丁寧に夫婦の諍いを描き出しています。会話にもキレがあります。書き出しは上々です。
 ただし、子供を話題にしての夫婦の会話には、現実感があまり伝わってきませんでした。妻である作家小池真理子との、日頃のやりとりを再現させたものなのでしょうか。
 結末ともども、もう一押しという印象が残りました。喧嘩が口論に留まっているからでしょう。【2】
 
 
■「返り咲き」

 淡々と語られています。冷めた視点で、人間を描いています。ただし、人物が肉付けされていません。頭で考え、口で喋るだけの登場人物に、人間味とでもいうべき膨らみがほしくなります。
 最後の意外な話の転換がおもしろいと思います。ただし、中途半端な終わり方が残念です。話を作り過ぎたからでしょう。前半とのアンバランスが目立ちます。ネタがもったいないと思います。【2】
 
 
■「ミスター・ロンリー」

 男に語らせる作者の眼が乾いています。語りが平板なのです。
 文章にも力がありません。語られる内容にも、夢がありません。前向きな姿勢もありません。
 無気力な登場人物で成り立つこの小説は、果たして小説と言えるのか疑問です。
 後半は、物語らしさを装います。しかし、とってつけたように明るく終わろうとするところに、無理があります。
 回想形式の手法もタイトルも、噛み合っていません。【1】
 
 
■「通夜の情事」

 雑談が続きます。しかし、その先が何も見えません。ただ、話が流れていきます。
 中盤から、男女の話になります。それも、とってつけたような情事の場面で、かえって内容が瓦解してしまいました。【1】
 
 
■「難しい年頃」

 藤田宜永の作品では、久しぶりに味のあるものになっています。
 60歳の定年を2年後に控えた主人公には、野心はありません。
 親友の恋人だった女と、35年振りに会います。そして、こんな会話があります。

「夫婦は、阿吽の呼吸でいいんじゃないのかな」
「そういう時代は過ぎたと思う。話題なんか、何でもいいのよ。女ってかまわれるのが大好きな生き物だから」和美は冷酒を一気に飲み干した。(159頁)

 また、車の喩えも、男と女をうまく捕らえています。

「男は、車の運転に喩えるなら、女のように真っ直ぐ前だけ向いては走れない。バックミラーやルームミラーを見てしまうもんだよ」
「そう言えば、私、サイドミラーを開かずにしばらく走ってたことがあったわ。でも、事故は起こさなかった」(162頁)

 夫婦がお互いにメールで別の恋人と会う会話などに、短いながらも粋なフレーズとなっています。昔を懐古しながら、共にいい関係を保っています。話題が人を結びつけるところは、うまいと思いました。
 無理のないストーリーです。他の恋人の方に向かわず、自分たちのことに話が引き戻されるところに、作者の新しい展開が見えてきました。このスタイルを、これから楽しみにしたいと思います。【4】
 
 
■「還暦探偵」

 これも、懐古で展開します。最近の藤田宜永の手法です。
 みんなが子供の頃に憧れた探偵ごっこを、還暦を過ぎた大人が素人ながらものめり込みます。
 ただし、話は盛り上がらないままです。後半になると、ほとんど話は失速していきます。
 どうした藤田、と言いたくなるほどの駄作です。
 なお、この作品については、『小説新潮』(2010年4月)に発表された直後に、本ブログでその感想を記しました。
「藤田宜永通読(8)「還暦探偵」」(2010年3月26日)
 今回あらためて読んでみて、やはり失望しました。【1】
posted by genjiito at 21:45| Comment(0) | □藤田通読
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]