2011年12月09日

今西科研の第3回研究会の報告

 今日は、国文学研究資料館の今西祐一郎館長が研究代表者をなさっている、科学研究費補助金・基盤研究A「日本古典籍における【表記情報学】の基盤構築に関する研究」の研究会がありました。
 これは、本年度の第3回研究会となるものです。

 まず、今西館長のご挨拶の後、2つの研究発表と1つの報告がありました。

(1)研究発表(田村隆︰九州産業大学)「元和・寛永期古活字版『源氏物語』の表記」
(2)研究発表(村上征勝︰同志社大学)「源氏物語の文章の数量分析」
(3)研究報告(伊藤鉄也︰国文学研究資料館)「鎌倉期の本文について」

 お二人の充実した研究発表は、後に報告書として印刷されるので、それにゆずります。
 以下、私が現在取り組んでいる問題点を報告したことを、備忘録として記しておきます。
 その正式な報告題目は、「鎌倉期写本における行頭と行末の表記 ―国文研本「柏木」「夢浮橋」の場合―」です。

 実は、この報告ための資料を作成するために、昨日から徹夜です。
 写本の翻字とその整理に手間取り、直前までレジメの作成に追われました。何とか無事に終わりました。しかし、いつものことながら、準備が間に合わなくて急かされるばかりの数日でした。今も、眠い目をこすりながら、こうして拙文を認めています。

 さて、国文学研究資料館では、本年3月に鎌倉時代の古写本16冊をまとめて購入しました。今西館長の英断です。
 その写本に写し取られている本文を、このところずっと調べています。その中間報告を兼ねて、この館長科研の表記情報学のテーマに合わせて、お話をさせていただきました。

 以下、配布資料に沿って記します

 まず、これまでの私の研究成果を踏まえて、古写本の理解と本文分別について整理をしました。

【鎌倉期の古写本に対する私見】

○『源氏物語』の古写本は、基本的に親本に書かれている通りに書写されている。
 行単位でほぼ同等の文字列として書写される傾向がある。

○各丁の末尾(左下)は、語彙レベルで改丁される傾向にある。
 語彙が泣き別れで書写されることは少ない。
 これは、書写ミスを避けるために、自己防衛的な心理が働いての結果ではないか。

○異文は、傍記本文の混入によって発生することが多い。
 私は〈甲類〉と〈乙類〉の2分別を提唱している。
 〈甲類〉はこれまで〈河内本群〉と称してきたもののグループである。
 これは、傍記が本行本文の直前に潜り込むことが多い。

○今回の2本は、前回報告した「桐壺」と同様に、伊藤の分別試案の〈乙類〉である。


 以上の説明と整理をした後、鎌倉時代の古写本とされる「柏木」と「夢浮橋」の2帖について、その文字表記上の特徴を確認するための目安を提案しました。それは、「給」と「たまふ」という語句の書写され方に着目する、という問題提起でもあります。
 つまり、行頭と行末に書写されている「給」と「たまふ」のありようから、その写本の特徴が理解できないか、ということです。

【本日の報告内容】

◎「給」と「たまふ」は、各巻に均等な割合で出現する。その使用率は約7%である。

◎書写された文字の傾向は、『源氏物語別本集成』の文節単位を基本として調べていく。

◎親本の行頭に「たまふ」と、ひらがなで書かれていた場合。
 書写時に漢字に変えても、字数が少なくなるので、行末での調整が比較的楽である。
 次行の字句を1、2字分追い込むだけで、書写速度が上がり文字列を記憶する負担も軽い。
 書写紙面の字数調整が不要なので、親本のままか?

◎行頭の「給」をひらがなに変更すると、文字数が2文字ほど増える。
 行末が詰まり、調整が必要となる。
 次行に1、2文字送るため、記憶しておく時間が延びて文字列も増える。
 結果的に書写速度が落ち、ミスを誘発する。
 そのため、行頭の『給」も、親本のままに漢字である場合が多い?

◎いずれの場合においても、写本は原則的に親本を忠実に書写しようとする傾向が強い。
 書写しながら本文が書き換える、と発言なさる方がおられる。
 しかし、書写の実態を確認していると、それは非常に困難な想定であることがあきらかである。

◎「柏木」で、行末に「給」が隣り合った2行や3行に並ぶ例がある。
 「夢浮橋」には、行末に「たまふ」が隣り合う2行に並んでいたりする。
 これは、どちらかをひらがなにして避けたくても避けられない理由があったはずである。
 それは、親本に忠実であろうとする意識と、文字列の調整を兼ねた処置ではないか?
 書写紙面において、見た目の美的なセンスとは、また別の問題である。

☆「のたまふ」という表記部分では漢字を使わない。
 ただし、「柏木」と「夢浮橋」で、共に1例ずつ書き分けがなされている。


 このような見通しのもとで、調査報告としての用例数と比率をまとめた資料(後掲)を提示しました。
 これは、写本の各行の行頭部分と行間と行末部分に書写された「給」と「たまふ」の用例をカウントしたものです。

 後半に「須磨」と「蜻蛉」の例をあげておきました。これは、鎌倉時代に書写された『源氏物語』の写本として最も旧いものの1つと考えているからです。この2帖は、現在、アメリカのハーバード大学の美術館にあります。この写本の影印本を刊行する準備を進めているところなので、その実像は近いうちに公開する予定です。
 国文学研究資料館に収蔵された鎌倉時代の古写本を考えるとき、このハーバード本は非常に参考になる点の多いものです。

 この調査結果の詳細な検討については、近日中に論文という形でまとめますので、しばらくお待ち下さい。
 まずは、このような結果を得たことと、写本の行頭と行末において「給」と「たまふ」という文字表記がなされている状況に注目することで、その写本の特色を理解する一助になる、ということを速報として報告しておきます。
 なぜ「給」と「たまふ」か? と問われたら、これまで数多くの写本を読んで来た過程で、自ずと浮かび上がったキーワードになる着目語だ、としか今は答えられません。
 さらに明快な説明ができるように、さらに調査を進めていきます。
 
 
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【調査資料】

36柏木 4784文節
頭/給   中/給   末/給     計
22例   214例    62例     298例
0.5%   4.5%   1.3%     6.2%
 
頭/たまふ  中/たまふ  末/たまふ   計
2例      12例    9例     23例
0.04%    0.3%   0.2%    0.5%
 
 
54夢浮橋 2017文節
5例   42例    9例    56例
0.3%  2.1%   0.5%    2.8%
 
13例   41例    8例    62例
0.6%   2.0%   0.4%   3.1%
 
 
12須磨 5255文節
12例    205例    20例    237例
0.2%    3.9%    0.4%    4.5%
 
13例    119例    17例    149例
0.3%    2.3%    0.3%    2.8%
 
 
52蜻蛉 6458文節
19例   275例   51例     345例
0.3%   4.3%   0.9%    5.3%
 
4例    87例    10例    101例
0.1%   1.4%    0.2%   1.6%
posted by genjiito at 23:57| Comment(0) | ◎源氏物語
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