2011年11月26日

国際集会で井上靖の発表を聞いて

 第35回目となる国際日本文学研究集会の本年度のテーマは、「〈場所〉の記憶─テクストと空間─」です。
 初日から、興味深い発表がたくさんありました。

 会場の外では、ポスターセッションとして8人の展示発表がありました。
 
 
 

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 みなさん展示ポスターに工夫して、自分が現在取り組んでいるテーマをわかってもらおうという姿勢が感じられました。これは、プレゼンテーションの腕を上げるのにいい機会となるものなので、これからもたくさんの方の参加を待ちたいと思います。

 以下、研究発表ではなくて、ショートセッションと称するグループでの8人の内から、私が注目したものを一つ紹介します。


「敦煌」に見る井上靖の中国地域像
  ―河西回廊の道標的都市をめぐって
    大連外国語学院(大学)講師
    城西国際大学人文科学研究科博士後期課程
      何 志勇


 これは、井上靖の『敦煌』をとりあげた小研究です。ただし、「小」というよりも今後の展開が大いに楽しみなので、ここに紹介するしだいです。

 発表の内容は、配布資料によると以下のことが眼目となっています。


想像:井上靖が敦煌に行ったことがないということはむしろ小説『敦煌』の誕生を促した。『敦煌』による想像のイメージを大切にしておきいという気持ちが伺える。
知識:『敦煌』を書く際に参考になった史料や文献は実に充実したものである。
 ◆想像と知識があいまって、小説『敦煌』における都市、自然、人物を造形していると言えよう。
研究目的:本稿は戦後社会の文化環境の中で井上靖における知識と想像との関係を考察した上で、知識の仕組み方と想像の意味を突き止めようとするものである。


 実際に口頭発表された内容は、以下の項目に分かれていました。

知識と想像︰学者と小説家との連動」
知識の仕組み方︰開封の市場への一考察」
想像における永劫︰沙漠によって連ねられた河西回廊の都市」

 いずれの項目も、井上靖の小説を理解する上で、大きなテーマとなりそうです。
 その意味では、大上段に構えすぎたのではないでしょうか。

 とにかく、ショートセッションは15分以内でまとめることになっています。そのため、話すスピードも速ければ、その内容も要点を絞ってどんどん進んでいくので、聴く方も話題の展開について行くのが大変でした。
 それでも、資料がしっかりしていたので、言わんとすることは聴衆に伝わったと思います。

 ある意味で、ショートセッションという枠からはみ出した内容なので、質問もしにくいこともあり、持ち時間の後、誰からも挙手はありませんでした。しかし、それは内容がよくなかったからではなくて、内容が多彩で理解が追いつかなかったからにほかなりません。
 ぜひとも、文字にして公表していただきたいと思います。

 井上靖の小説では、『天平の甍』は安藤厚生が、『敦煌』は藤枝晃という研究者が、その背景で『手を貸している」という理解が示されました。そして、井上靖は得られた知識という史実によりながら、自らの想像によって小説という形を成しているのだと。なるほどと思いました。しかし、歴史小説はみなそうなのではないでしょうか。ここは、歴史小説というものの捉え方がポイントとなってきそうです。

 また、「開封」という市場の描写をとりあげ、「州橋夜市」という『東京夢華録』に収録されている文章が参照されているという指摘がなされました。
 そこで井上靖が「汚い服装」とする表現が「州橋夜市」にないことから、この「汚い」という中国への視線は、開封を醜く見せるためのものではないか、と。これも、面白い着眼点ですが論証の難しいところだと思いました。いくつもの用例があがっていたら、もっとわかりやすかったはずです。一例だけで断定するのは危険です。

 同じく『東京夢華録』の「民俗」を引いて、井上靖は自然風景は色鮮やかに描いている、と言われたことも同じです。

 さらには、井上靖は読者のニーズに応えるために、知識と想像で永劫たる詩情を描こうとした、とされました。これも、印象批評に留まることなく論証しようとするならば、もっと多くの手間をかけないと言い切ることはできないと思います。たくさんの場面の分析が手続きとして必要です。

 とにかく、発表時間の関係で説明と論証が飛んでしまっていました。おもしろそうな視点なのに、実感と共感をもって聞けませんでした。指摘のみに終わった、という印象です。

 この発表者が摑んだ視点とテーマは、私には非常に興味があるものです。今後、さらに研究手法を工夫されて、有意義な成果をあげられることを楽しみにしたいと思います。
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | □井上卒読
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