2011年10月16日

袴を着けてお茶のお稽古

 おそらく三十数年前の結婚式以来のことです。
 今日のお茶のお稽古では、袴を着けてやりました。
 先生の旦那様の袴をお借りして、来週末に参加する京都でのお茶事のお稽古です。

 私は先生に付いて行き、見よう見まねで会席料理とお茶をいただけばいいのです。
 しかし、男は私一人ということで、初心者とはいえあまりみっともないこともできません。おまけに、着物で行くので目立ちそうです。本格的なお茶事と聞けば、なおさら緊張します。

 とにかく、度胸試しのつもりで行きます。無謀と言われようが、何事も体験しなければわからないのですから。声を掛けていただけただけでも有り難いことです。
 
 今朝の賀茂川は、昨夜来の大雨で増水していたため、飛び石は渡れません。
 北山を見やると、おもしろい雲がわいていました。
 
 
 
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 散歩を終えてから、地下鉄と近鉄電車を乗り継いで、大和平群へ行きました。

 お稽古場となっている先生のお宅は坂の上です。
 途中の平群北幼稚園では、運動会が終わるところでした。この幼稚園には、我が家の子供3人が切れることなく3年づつ9年間通いました。懐かしい思いで、聞こえてくるスピーカーの声に耳をかたむけました。
 帰る子供たちを見ると、制服のズボンやスカートが変わっていました。そして、小学校で行われていた運動会が幼稚園の園庭でおこなわれていました。園児の人数が減っていることがわかります。平群にも、子供が少なくなっているようです。

 さて、今日は、中置のお手前を稽古しました。
 10月なので、お茶室のしつらえがいつもと違うのです。
 お釜が少しだけお客人に近い所にあります。涼しくなって来たので、11月から炉に移る前に、少しでもお客さんが暖かく感じられるようにとの配慮があるようです。
 目の前に置かれている五行棚は、この月だけ風炉の中置に使われるもののようです。
 五行も「木・火・土・金・水」でいろいろな意味がありそうですが、今はお稽古に専念です。
 何かと細かな心配りと、それぞれに意味があります。

 今日は、栗のお菓子が美味しくて、久しぶりの和菓子を堪能しました。しかも、いつものように先生が丹精を込めて作ってくださったので、何にもまして格別でした。栗は平群のものだとも。
 回って来た縁高に入ったお菓子を、まず蓋を90度回し、箱の隙間に黒文字を入れてから蓋を取って左側に置きました。それから、黒文字をお菓子に突き刺して、懐紙に取ります。

 日頃は糖質制限をしています。しかし、お茶の時は別です。このお茶菓子の上品な甘さが楽しみでもあります。

 菓子器を扱うときなどに、私は手をパッと離す癖があるようです。そういえば、この前にも言われたような。
 大切なお道具を扱うのですから、手を離すときには落ち着いてゆっくりとすればいいのです。これは、お辞儀のときにも言えることです。頭を上げるときに、これまたピョンと振り上げるようにする癖があります。言われないと気づかないことです。
 さらには、背筋を伸ばして姿勢をよくすることもありました。頭を上から吊り上げられている気持ちで、そしてお腹を前に突き出すようにすればいいのでしょうか。
 これらは、とにかく気長に気をつけていくしかありません。

 最初の一服は濃茶でした。
 濃茶は手渡しで、ということをすっかり忘れていました。
 また、いただいただ後、薄茶のように手で飲み口を拭うのではなくて、濡らした小布巾を使うのです。このことも、すっかり忘れていました。

 お薄のお稽古となりました。自信を持って建水に柄杓を乗せて入って行くと、すかさず「こらこら」と先生から突っ込みが…… 建水は一番最後だと。
 ひと月以上も空くと、すっかり飛んでいます。
 水指を両手で包むようにして持って入りました。これも初めてです。

 お棗の拝見のとき、袱紗で胴の部分をくるくる回して拭いていると、また「こらこら」。
 これは、濃茶のときでした。私の前の二人が濃茶のお稽古をなさっており、その動作をじっと見ていたのでつい同じことをしました。
 なかなかややこしいものです。

 先生が、私が使えるような古帛紗(道具に添えたり拝見の時に使う少し小ぶりの帛紗裂)を見つけてくださいました。
 「紹巴人形手帛紗裂」というもので、淡いブルーでいい色合いの「紹巴織」のものでした。お茶席で聞かれることがあったら、「紹巴人形手」だと言えばいいそうです。

 添付されていた説明文を見ると、「紹巴」に「しようは」と振り仮名がありました。
 古典文学の世界では、里村紹巴という人の名前を読むときには「じょうは」と言っていることを思い出しました。そのことを先生にお尋ねすると、茶道では濁らずに発音することが多いそうです。
 改めて説明文を見ると、中ほどに「連歌師・里村紹巴(一五二四〜一六〇二)が所持していた裂に由来する説もある。」とあり、この人名に「さとむらじょうは」と振り仮名がついています。人名などと区別してあるので、納得しました。
 さらには、この古帛紗は京都の北村徳齋帛紗店(徳齋名物裂研究所)のもので、創業正徳二年(一七一二)とあります。我が家から自転車で行けるところにあり、先月娘に結婚記念にかわいいガラスのコップを買ったお店のお隣です。急にこの1枚の裂に親近感がわきました。末永く使えそうです。

 昨夏から始めた茶道ですが、しだいに本格的になっていきます。
 戸惑いながらも、物覚えに自信がなくなりつつあり、さらには加齢を自覚するこのごろです。しかし、この茶道はおもしろいので続けていけそうです。

 いろいろな楽しみが増えたので、今後とも生活の中にお茶の心得を取り入れていくつもりです。
お茶室のある家に住むことを、まずは夢の一つに加えましょう。
posted by genjiito at 23:27| Comment(0) | *美味礼賛
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