2011年09月09日

読書雑記(42)高田郁『心星ひとつ みをつくし料理帖』

 高田郁の文庫書き下ろしによる「みをつくし料理帖」シリーズの第6作です。
 この『心星ひとつ みをつくし料理帖』(時代小説文庫・ハルキ文庫、2011.8.18)あたりから、物語の流れが大きく変わろうとしていることが明らかに読み取れます。
 
 
 
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 今日は一日中、「みをつくし料理帖」の舞台である九段下にいました。午前中は九段坂病院で診察を、午後は千代田図書館での調査でした。帰りに、地下鉄九段下駅の地上にある俎橋から九段坂周辺の写真を撮りました。
 
 
 

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 澪がお世話になっている「つる家」は、下の写真の端のたもとにある、スターバックスコーヒー店あたりになるはずです。
 物語の舞台を日常的に歩いていると、話に親近感を覚えます。
 京洛を歩いて『源氏物語』のことを思い、九段下を歩いて「みをつくし料理帖」を身近に感じるのも、なかなか楽しいことです。

 宿舎に帰る道すがら、近くの黒船橋から中央大橋を見やると、ちょうど空が夕焼けでした。九段下から澪たちが九段坂の夕焼けを見上げるシーンは、あるいはこんな色なのだろうかと思いながら、思わずシャッターをきりました。
 
 
 
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■「青葉闇 ―しくじり生麩」
 お江戸では見かけない食材としての生麩について、意外な思いがしました。今でも、生麩は東京では見あたらないのでしょうか。
 そういえば、東京で生麩の田楽はあまり見かけません。私の行動範囲に見あたらない、ということでしょうか。

 「丸みを帯びた優しい月」の下での迎え火のシーンが印象的でした。亡き人を迎えての盂蘭盆会は、いかにも日本的な場面となっています。

 語られないことを、読者は知ろうとします。その塩梅を、作者は小説作法としてうまく用いています。坂村堂の胸の内などがそうです。戸惑いも、味付けになっています。

 本作には、緊張感があります。このシリーズはややマンネリ気味になったのでは、との思いを払拭するほど、文章に力が感じられました。

最後の段落に、こんな件があります。


「子は結局、親の思いを踏みにじるように出来ているのかも知れません。そして親は、たとえそうされても、じっと堪えて揺るがずに居るよりないのでしょう。我が身を振り返れば、若い日、親に対して同じことをしてきたように思います」(74頁)

「ひとは与えられた器より大きくなることは難しい。あなたがつる家の料理人でいる限り、あなたの料理はそこまでだ」(75頁)


 親子の関係や、人の器の大きさについての語りが、読み手の中にドスンと落ちてきます。作者は、どこからこのような言葉を引き出してきたのでしょうか。私には、このフレーズが突然突き出してきたもののように思われ、作者に何があったのだろう、と思いました。

 こうした言葉を持った作者は、これまでより一周りも二周りも大きくなったようです。このフレーズが今後どう展開し、関連していくのか、ますます楽しみです。【4】
 
 
■「天つ瑞風 ―賄い三方よし」
 八月十五夜の丸い月が、澪とふきの今後を暗示します。
 芳の次の言葉が決めゼリフとなります。


「今は丸いあのお月さんも、明日からまた徐々に身を削がれて、晦日には消えてしまう。けど、時が経てば少しずつ身幅を広げて、またあの姿に戻る。ひとの幸せも、似たようなもんやろなあ」(102頁)


 それぞれの胸に、この丸い月が秘められているのです。

 そして半月後。
 澪は、与えられた器であっても自分の手で大きくすればいい、というアドバイスで、心の揺れがとまります。前作への回答が、ここに示されています。

 ご寮さんの考えがまだ未熟で若い、という指摘もなされます。しかし、その内実はここには示されてはいません。言い出しておいて、最後までは語らない手法です。作者が巧くなったと思えるしるしです。

 最後の天神橋を描いた襖絵の場面は、いやが上にも読者のイメージを膨らませてくれます。心憎い演出となっています。【5】
 
 
■「時ならぬ花 ―お手軽割籠」
 十五夜の後、ひしゃげた月が登場人物たちの気持ちを代弁しています。
 町年寄りからの申し入れで、料理に火が使えないことになります。そんな中で、澪は新しい商品を開拓していきます。創意工夫のなせる技です。
 諦めない強さが、じんわりと伝わってきます。

 与えられた状況の中で最善を尽くす姿と、才能をすり減らしている面が、くっきりと浮かび上がります。
 作者は、何か吹っ切れたようです。後半が、特に良くなっています。描写と表現に、力感が溢れ出したことが実感できます。人間の内面が、じわりじわりと染み出すように語られています。【4】
 
 
■「心星ひとつ ―あたり苧環」
 十日夜の優しくきれいな恵みの月が出ています。
 澪へのプロポーズのシーンは、この作品らしくドラマチックに展開します。そして、中天には蛤の形をした月が出ています。
 九段坂を登って帰って行く男を照らす月がいいと思いました。

 しだいに、文章に透明感が出てきたように思います。それは、星を澄みきった夜空に置くことができたからではないでしょうか。

 澪は一大決心をします。しかし、これからまたどんどん話が込み入っていく気配を漂わせて、ひとまず幕となります。【5】

*今回から付された巻末の特別付録「みをつくし瓦版」は、実に楽しい企画です。
 「何故に年二冊?」
 「小説作法について」
 「作中の料理について」
という3つの質問から、作者の創作の舞台裏が見えます。
 物語が立体的に組み上がり、ますますこれからが楽しみになります。
posted by genjiito at 23:52| Comment(0) | ■読書雑記
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