2011年08月07日

源氏屏風と京とれいん

 生涯において1度しかない用事で、大阪中之島にあるリーガロイヤルホテルへ行きました。
 楽しかった会食の後、ロビーのラウンジでみんなでコーヒーを飲んでいると、壁面の源氏屏風が気になりました。数年前にじっくりと見た記憶が蘇ったのです。
 
 
 
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 特に、右雙に描かれた第5巻「若紫」の絵で、雀の子が逃げたと言って泣いている若紫を垣間見る光源氏の場面があったことは、かすかに記憶していました。
 
 
 
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 この屏風の横には、次の説明文があります。


源氏絵屏風(本間六曲一雙)
この屏風絵は 土佐派の画家によって1750年頃に制作された源氏物語54帖の内12帖を画いたもので金極彩色の華麗な作品である

■右上から下へ順に
桐壺(きりつぼ) 胡蝶(こちょう) 賢木(さかき)
宿木(やどりぎ) 若紫(わかむらさき) 葵(あおい)
初音(はつね) 空蝉(うつせみ) 花散里(はなちるさと)
紅葉賀(もみじのが) 澪標(みおつくし) 絵合(えあわせ)


 絵を見ている内に、少しずつかつての記憶が湧き出てきました。

 2003年3月16日に、「21世紀COEプログラム インターフェイスの人文学 日本文学国際研究集会」と銘打った、大阪大学主催の基調報告とシンポジウムが開催されました。
 この時のテーマは「日本文学 翻訳の可能性」で、その会場が、このリーガロイヤルホテルの隣のグランキューブ大阪(大阪国際会議場)でした。その帰りに、ここで源氏絵の屏風を見ました。

 その次は、2007年3月4日に、「国際日本文学研究集会 国際的相関的共同研究のありかとゆくえ」というイベントを主催しました。この時も、会場はグランキューブ大阪でした。そして、その帰りにも、このリーガロイヤルホテルの源氏屏風を見ました。
 そのことを、今日この絵を見るまで、すっかり忘れていました。

 2007年の春先は大変でした。2月の上旬にイギリスのケンブリッジ大学へ行き、帰ってすぐに、世話人をしている〈インド日本文学会〉をインドのニューデリーで開催し、インドから帰ったその足で大阪での国際集会を切り盛りし、終わるとそのまま関西新空港から中国の杭州へ調査と打合せのために飛び発ちました。
 その間に、職場の仕事や報告書の作成、そして刊行物の編集をこなすという、殺人的な日程の日々でした。グランキューブ大阪でのイベントの最中に、出版社が持ってきたゲラの校正を寸暇を惜しんでしたのも、この時のことです。
 このホテルのロビー壁面のガラスに入っていた源氏屏風のことは、今のいままで、すっかり記憶の彼方にあったのです。

 この時期のブログがあれば、こうしたイベントの詳細がわかります。しかし、ちょうど中国から帰ったすぐの3月中旬に、ブログを発信していたサーバーが突然クラッシュしたのです。信じられない出来事でした。それまでのデータがすべて消失したのですから。

 可能な限り、今も修復して復元しています。しかし、この年の3月のものは、データの断片すら根こそぎ壊滅状態となったために、いまだに復元するメドがたっていません。そのため、この慌ただしかった2ヶ月が、手がかりがないこともあり、どうても思い出せないのです。そして、息つく暇もなかったことでもあり、ほとんど覚えていません。

 今日は、娘の婚約者とそのご両親を交えての会食の日でした。リーガロイヤルホテル地階の「小鯛雀鮨 すし萬」で、ゆったりとお寿司をいただきました。気さくなご家族だったので、和やかな歓談となりました。私も妻も、ほっと一安心です。
 親戚が増えたことにより、これからが益々楽しみになりました。

 その帰りに、梅田から阪急で帰ろうとしたところ、ちょうど土日の一日に4本しかないという「京とれいん」に乗る幸運に巡り合うこととなりました。
 
 
 
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 車体といい、内装といい、すべてが平安時代を思わせる和風です。畳のイ草が、ひときわ目を惹きます。
 
 
 
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 この車両は、とにかく一度乗ってみることをお勧めします。
 とても豊かな気分に浸れます。
 そして、充実した一日となりました。
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | ◎源氏物語
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