2011年07月05日

山形県酒田市立光丘文庫の最終調査に来て

 久しぶりに東北へ来ています。
 結婚した当初は、毎年のように、夏になると妻の実家がある秋田へ帰省していました。しかし、二十数年前に父が亡くなってからは、自分の家のお盆のことがあり、なかなか行けなくなりました。妻と子供だけは、お盆明けに帰省していました。

 妻の実家は、松本清張の『砂の器』で有名になった、羽後亀田に隣接する羽後岩谷にあります。
 私の生まれは、島根県出雲市です。ここも、『砂の器』の舞台です。
 我々はまさに、『砂の器』で調査を迷走させた、あのよく似た方言を持つことで知られることになった、日本海側の遠く離れた世界に育ったのです。
 お互いの両親が、私たちの結婚を契機として、共にズーズー弁で会話が成り立っていたのを目の当たりにして、柳田国男の「方言周圏論」を実感したものです。
 そして今、あの『砂の器』でズーズー弁の謎を解くカギを渡した国立国語研究所の先生と一緒に、アメリカに渡った『源氏物語』の写本の調査・研究・公開の仕事をしています。『砂の器』は、幾重にも私とは縁の深い作品です。

 それはさておき、今回は、山形県酒田市にある光丘文庫へ、所蔵資料の最後の写真撮影の立ち会いと、収集させていただいたマイクロフイルムなどの画像資料の公開に関するお願いで来ました。

 新幹線「とき」で東京から新潟へ来て、そして特急「いなほ」に乗り換えました。東京の宿舎から6時間の旅です。最近は天変地異で予想外のことがあります。出張中の東北地方の天気は強い雨、ということも手伝って、いつでも引き返せる無理のない態勢と行程を組んで来ました。

 新潟までの車中は、節電のご時世にしては贅沢なことに、寒くてジャケットがいるほど冷房がガンガンよく効いていました。新幹線対策として上着を持ってきてよかった、と思いました。

 東京での単身生活も、今年で13年目になりました。今年からは妻が仕事を辞めて上京し、私の健康管理をしてくれているので、単身赴任の生活は12年でした。しかし、今でも宿舎にはエアコンはありません。十年以上、扇風機だけの生活です。それだけに、毎週京都へ帰る新幹線のクーラー対策には、いろいろな工夫をしていました。
 今回、久しぶりに東北行きで乗った新幹線も、東海道と同じようにクーラーが異常なまでによく効いていました。クーラーに親しんでいない身には、この冷気は身体を気だるくさせます。日本人は、いつまでもこんなことをしていていいのか、疑問を感じます。

 罰金100万円に脅されて、15%の節電目標に真剣に取り組む人々をあざ笑うかのように、新幹線はクーラーを目一杯効かせて疾走していました。JRは、電力不足などどこ吹く風と、相変わらず強気のようです。
 新幹線は、自家発電で走っているのでしたっけ?
 それにしても、車内の照明も間引くことなく、すべて点きっぱなしです。このご時世に、お殿様感覚でこんな営業をしていて、本当にいいのでしょうか。昔の国鉄体質の残滓を見た思いです。

 東京の中央線などでは、車内の電気が消されるのです。私の通勤時間は1時間50分もあるのに、本が自由に読めない始末です。その点では、新幹線は特別料金を払っているので、こうした厚遇がなされているのでしょうか?
 それにしても、節電キャンペーン以前の問題として、この新幹線のエネルギー資源の浪費は無駄の極みです。

 さて、酒田の駅は、非常に明るくて華やかでした。
 
 
 

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 しかし、それに反して駅前通りは活気が感じられませんでした。賑やかなのは、少し離れた一角だけのように見えました。まだ他に活気のある地域があるのでしたら、お許しください。

 駅前の閉店の多い通りを歩いて抜けると、山王森の高台に酒田市立光丘文庫があります。
 まずは、光丘神社にお参りをし、それから光丘文庫に行きました。
 
 
 

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 この建物は、大正14年に竣工したものです。左右に翼を拡げた社殿造りで、玄関の破風はその存在感を誇らしげに示しています。来館者を圧倒する偉容です。しばし、魅入ってしまいます。

 文庫長の後藤さんの案内で、書庫も拝見しました。本間家に伝わった和漢の古典籍など、8万冊にも及ぶ貴重な書籍が収蔵されています。木製の書架に並ぶ本は、まさに圧巻です。一人でも多くの方が、こうした資料をさらに有効に活用されることが望まれます。

 国文学研究資料館による光丘文庫の資料調査とマイクロフィルムによる収集は、昭和48年から今日まで続けられたことになります。約1700点にも及ぶ調査を踏まえて、収集点数が約1600点、マイクロフィルムで575リールとなりました。
 これまでに、この光丘文庫の調査に関わってこられた多くの先生方のご苦労があったからこそ、こうして最後の調査を迎えることができたのです。お一人お一人のお名前は列記しませんが、その精力的なご努力に対して頭の下がる思いでいます。

 調査の終了と共に、この貴重な資料をネットで画像を公開することについて、光丘文庫文庫長である後藤さんと酒田市立図書館館長の小松さんに、協力のお願いをしました。お二人からは、非常に理解のあるお返事をいただき、早速資料公開のための手続きに入ることになりました。有り難いことです。これで、誰でも居ながらにして、インターネットを通して光丘文庫の資料が閲覧・確認できるのです。

 今後とも、光丘文庫で所蔵されている資料が多くの方に活用されることでしょう。そして、その評価も高くなることでしょう。
 この光丘文庫の調査と収集を担当していた1人として、研究環境が一歩も二歩も前進したことにより、ほっと一息つくことができました。
 光丘文庫に関わってこられたみなさま、ありがとうございました。
posted by genjiito at 23:21| Comment(0) | ■古典文学
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