2011年07月03日

読書雑記(37)水上勉「雁の死」

 『雁の寺』の最終章となる第4部「雁の死」です。
 先日の「読書雑記」で取り上げた、第3部「雁の森」を受けて話は展開し、収束していきます。

「読書雑記(36)水上勉「雁の森」」(2011年7月1日)

 舞台は、京都府と滋賀県の県境、慈念の父がいることがわかった琵琶湖西岸の比良に移ります。
 比良というと、井上靖が何度か舞台として取り上げている土地です。物語の場所として、文学的な香りを感じさせるところのようです。というよりも、水上勉も井上靖も、共に琵琶湖を背景にした多くの作品を残しています。作風は異なります。しかし、その底流には、土地の雰囲気や匂いが取り込まれています。しかも、水上勉の方が、土地と風土に根差した生活が描かれているように思われます。

 それはさておき、……

 前作「雁の森」の最後に、慈念の父が比良で寺の塔を修築していることがわかりました。そのことを受けて、慈念は昭和13年の秋、京都から比良に現れます。
 慈念は、若狭から京都へ、その京都から若狭に戻り、さらにまた京都に出てきました。その京都に半年いて、それからしばらくして滋賀に移ったことになります。

 月光の中、完成間近の三重塔の中で、慈念と父の親子二人が、母だ誰かということを巡って緊迫したやりとりがなされます。今この地にいる女が母ではないか、と慈念は父に迫りま。それを最後まで否定する父。この物語の見せ場です。
 ただし、第1部の「雁の寺」で提示された完全犯罪のことは、ここでは親子の問題へとすり替えられています。全4部のテーマがうまく繋がっていません。このあたりに、作者がこの連作に不満を抱いていた理由がありそうです。
 完成度の高かった「雁の寺」が、その後の3作にうまく引き継がれていないのです。

 また、この作品の最後が「堀之内慈念の行方は誰も知らなかった。作者も知らない。」(文春文庫、317頁)となっているのも、作者が最後に投げ出した感が否めません。

 『雁の寺』の各作品のストーリーは興味深いものとなっています。それが、うまく有機的につながらなかった、という印象が拭えないのです。
 『雁の寺』は、水上勉の小説作法を知るのに、たくさんの手がかりを与えてくれそうです。【4】
posted by genjiito at 23:48| Comment(0) | ■読書雑記
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]