2011年07月01日

読書雑記(36)水上勉「雁の森」

 『雁の寺』の中における第3部にあたる「雁の森」です。前回の「読書雑記」で取り上げた第2部の「雁の村」を受けて展開します。

「読書雑記(35)水上勉「雁の村」」(2011年6月27日)

 舞台は、若狭から京都に戻ります。

 冒頭で、「昭和十三年の秋末の夕暮れ、二人の僧がこの森に向っていた。」(新潮文庫、179頁)とあります。ただし、その後で、「堀之内慈念が、若狭からつれてこられた昭和十二年の秋は、」(197頁)と語られています。
 慈念が若狭から京都に連れてこられたのは、昭和十二年のはずです。
 昭和十三年五月に、再度上洛して世話になった奇崇院の越雲住職が亡くなります。その時、慈念は「去年の十一月末に、音海の海音寺の和尚さんときました。」(245頁)と答えているからです。

 文春文庫(1978年10月 第3刷)の誤植なのか、それとも、作者水上勉のケアレスミスなのか。
 全集などの本文が確定しているもので確認すべきでしょうが、今は手元にないので、今の時点でのメモとして記しておきます。

 さて、慈念は若狭から京都の宇多野にある寺に入ります。そこは仁和寺に近く、現在の陽明文庫があるあたりです。おそらく、等持院あたりを意識しての舞台設定だと思われます。これも、まだ調べてはいませんので、私が勝手に書いているだけです。
 陽明文庫は、『源氏物語』の写本の調査で通っているところです。等持院は、娘が渡英するまで、この近くのマンションで学生時代を過ごしていました。私も、立命館大学で非常勤講師をしていたことがあります。この一帯は、私にとって馴染みの地域です。

 孤峯庵の時と同じように、奇崇院でも隠寮に匿し女がいることが、話の展開に色香を添えています。寺院を舞台とする小説に、華やぎと色艶を与えています。
 慈念の完全犯罪は、ここに至ってもまだ成立しています。しかし、生きていくためには、身を潜め、何事にも耐えていかなければいけない、と言い聞かせます。やがて、慈念は宗念と改名します。

 男色の話に強姦後の悲劇と、話題は豊かに展開します。読み耽ってしまいます。しかし、テーマが重く暗いこともあり、盛り上がりには欠けます。

 慈念の世話をしてくれていた住職越雲が亡くなる前夜、丸い月が出ていました。澄んだ空気が感じられます。
 越雲没後、慈念は出奔し、それから15年後には火事で宇多野の伽藍は消失します。そして、「堀之内慈念の行方を知る人は誰もいない。」(247頁)と結ばれます。

 この作品は、前の「雁の村」と共に、作者自身がその杜撰さゆえに気に入らず、書き直しに時間を費やしたものでした。手を入れる内に、さらに緊張感が薄れたようです。【3】
posted by genjiito at 22:49| Comment(0) | ■読書雑記
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