職場も、会議中の照明が消され、配布された書類を読むのに苦労するようになりました。オール電化を目指した職場の建物は、至る所で節電との矛盾を露呈しています。
節電の意義はわかります。しかし、それが突然のことなので、生活環境が追いついていません。
そんな日々の中で、谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』を思い出し、中公文庫版の本を手にしました。巻末の解説が吉行淳之介だったことが、谷崎全集ではなくて、この文庫で読んだ理由です。
■「陰翳礼讃」
今日本は、東日本大震災と原発事故で、突然降って沸いたように騒がれ出した節電キャンペーンの中にあります。そのことを、早くも谷崎は昭和8年に、当時の社会状況の中で日本文化として指摘しています。特に、無用の照明や明るすぎる生活環境になったことへの不快感は、今にしてもっともと思うものです。
谷崎のこの文章は、期せずして今の世の賛同と理解を得やすいものとなっているので、興味を持って読み進みました。
これまでにこの本を何度か読んでいた私は、旧弊に拘った頑固者のオタク的発言だと思っていました。しかし、電気をコントロールせざるをえない現在の状況では、日本で生きる上での心構えを再考することを迫る力が滲み出ている、谷崎流の提言の文となっています。
その視点に、今だからこそ新鮮さを見つけてしまったように思います。
最後は、「試しに電燈を消してみることだ。」と結ばれています。それによる不便は痛感しながらも、これからの日本を見直す上では有効な手段です。電気を消してどうするか。美学や伝統という観念論ではなくて、問題は具体的な日々の生活の営為に行き着きます。【4】
初出誌︰「経済往来」昭和8年12月号・昭和9年1月号
■「懶惰の説」
怠け者のすすめ、とでも言える評論となっています。「何もしない」ということは悪徳なのか、という本質に切り込んでいます。
今の私には、大いに参考となる物の見方が示されていて、興味深く読みました。【3】
初出誌︰「中央公論」昭和5年5月号
■「恋愛及び色情」
日本の文学とは何か、ということを考えさせてくれました。また、谷崎の女性観がよく表れてもいます。
インドや『源氏物語』に関する言及が多いのは、この時期の谷崎の興味と関係するからでしょうか。ただし、『源氏物語』に関しては、まだ作品を深くは読み込んでいない段階のように思われます。谷崎の旧訳と呼ばれる『源氏物語』の現代語訳は、昭和14年から刊行されます。この文章が書かれている昭和6年は、だいぶん前のことになります。
ここでは、西洋と日本の女性が対比的に語られています。これは、わかりやすい文化論となっています。【2】
初出誌︰「婦人公論」昭和6年4月号〜6月号
■「客ぎらい」
自分の生き方を通したいが為の、いわば言い訳を記したものです。
どう見ても我が儘です。しかし、当人にとっては、我が身を守る手段としての保身の術が述べられているのです。
冒頭の猫の尻尾の例は、なかなかユーモラスでおもしろいものです。【2】
初出誌︰「文学の世界」昭和23年10月号
■「旅のいろ/\」
委細は語らないで、旅の楽しみ方を伝えています。人それぞれに楽しみがあるということです。そして、話は老いの繰り言になります。急行でなくてもよいこと、大阪人のだらしなさ、乗り物の室内が暑いこと、などなど。ホテルよりも旅籠屋を勧めます。襖を閉めないことをなじり、女中さんに当たります。最後は、日常と違った三等旅行を勧めます。
旅の楽しみ方がおもしろいと思いました。【1】
初出誌︰「文藝春秋」昭和10年7月号
■「厠のいろ/\」
昔から、糞尿譚は楽しく読めます。この文章も、軽妙でいいと思います。この種のネタについて、人はなぜこんなに活き活きと語れるのか、おもしろいものです。この手の話は、もっと聞きたいと思わせます。【2】
初出誌︰「経済往来」昭和10年8月号
「インド」と「源氏物語」に関することが書かれている箇所を、この中公文庫版(1995年改版)の頁数を記して備忘録としておきます。
●「インド」 18,25,71,120,123頁
●「源氏物語」 100,108,126,134,140頁
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