2011年06月09日

読書雑記(34)吉村昭『三陸海岸大津波』

 東日本大震災の後、吉村昭『三陸海岸大津波』が注目され出しました。ちょうど読もうと思っていたところだったので、流行に流されての選書のようで少し抵抗がありました。しかし、どうも気になるので、文春文庫を手にしました。

 奥付は、2011年3月10日第1刷、2011年5月25日第11刷となっている本です。本年3月11日の未曾有の大津波の後に印刷された本なのです。

 原題は『海の壁−三陸海岸大津波』(1970年7月、中公新書224)、『三陸海岸大津波』(1984年8月、中公文庫)です。最初に中公新書で刊行されたことから推して、大津波の事実を客観的な視点で冷静に記録したものとしての出版だったようです。
 これは、吉村昭が足で書いた本です。その期待は裏切りません。

■「一 明治二十九年の津波」
 本書の書名は、この作品の中に出てくる「波の壁」(24頁)でも良かったかな、と思いました。
 救援活動は、今般の東日本大津波よりも手厚かったように思われます。原発問題がなかった分、救援と復旧に集中できたとも言えるので、単純な比較はできません。
 この明治の大津波では、精神的なケアができなかったために、記憶喪失や発狂する方が多かったのは不幸なことでした。
 後半は、事実の列記となっています。私的な言葉が排除されているとはいえ、もっと解説がほしいと思いました。
 客観的な記録もいいのですが、筆者の判断や見解が知りたくなります。【2】

■「二 昭和八年の津波」
 多数の自然現象の変異が、丹念に記録されています。何とか人間の力で予防できないのか、と素人ながら思います。
 さらに読み進むうちに、これとまったく同じことが、ほんの少し前に三陸海岸で起きたのです。人間の運命というものを、あらためて思い知らされました。同じことの繰り返しの中で、人間の無力さと生き残った者の責務を、痛いほど事実の記録が示してくれます。
 救援活動のことも、詳しく書き留められています。国レベルの対応も、記されています。現政権の醜態を見るにつけ、複雑な思いになります。そして、ここに報告されている現地の様子は、これからの対策のヒントを与えてくれそうです。【4】

■「三 チリ地震津波」
 明治29年と昭和8年の津波とは違う、昭和35年の大船渡の津波は、何とも不気味です。これが、宝暦年間のものと似ていることも、興味深いと思いました。
 中で、吉村昭には珍しく、官庁批判のことばがあります。


チリに地震が発生後、十分な観測もおこなわず三陸沿岸をはじめ日本の太平洋沿岸に積極的な事前警告をおこなわなかったという気象庁は、世の批判を受けてもやむを得なかったのだ。(170頁)


 文末で、古老が言う、「津波は、時世が変わってもなくならない、必ず今後も襲ってくる。しかし、今の人たちは色々な方法で十分警戒しているから、死ぬ人はめったにないと思う」(178頁)ということばが引用されています。しかし、先般の東日本の大災害では、めったにないと思われたことが起きたのです。人の営みと自然との共存は、永遠の課題で片付けていいはずはありません。
 警戒と対策は、さらに英知を出しあっていくしかないようです。【3】
posted by genjiito at 22:42| Comment(0) | ■読書雑記
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