2011年04月22日

読書雑記(33)高田郁『小夜しぐれ みをつくし料理帖』

 本作は、「時代小説文庫」として角川春樹事務所から2011年3月に刊行された、『みをつくし料理帖』シリーズの書き下ろし第5作品です。
 
 
 

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 文庫の帯では、シリーズ累計100万部を突破したと宣伝しています。確かに、読者は広がっているようです。
 高田氏は春と秋の年2回、この書き下ろし文庫で読者を楽しませてくれます。
 さっそく、今年の秋の第6弾が待ち遠しく思っています。
 
 さて、ゆったりとした時の流れの中に、適度な緊張感を織り込んだ高田郁の世界が紡ぎ出されています。
 作風が安定してきたせいか、安心して読めます。ただし、第5作ともなると、シリーズ化にともなう作者の苦労が感じられます。登場人物が描ききられた感があり、新鮮さと刺激の維持が大変なようです。物語の展開で、読者を引きつけるか、料理で楽しませることになります。ただし、この巻は次巻への仕込みという位置づけのように思いました。
 
 
■「迷い蟹−浅蜊の御神酒蒸し」
 絵師の登場で、出版に興味のある私は、この物語世界の広がりにますます引き込まれました。版元と絵師の関係がおもしろいと思いました。
 温かい満月(16頁)から痩せた月(81頁)へ、そして敵討ちのドラマが終わります。背景である夜空にも、こうして神経が行き届いています。【3】
 
 
■「夢宵桜−菜の花尽くし」
 「こん」の付く料理のことが語られます。


 昔から、働き過ぎで精根尽きた時には、大根や昆布、蒟蒻や蓮根など「こん」の付くものを摂ると良い、と言われている。それに加えて滋養のある玉子と消化に良いお粥を合わせるのだ、と娘に澪は教えた。(93頁)
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 我が身に置き換えて、これからの食事の参考にしましょう。
 澪の想い人が登場すると、気持ちの弾み具合が伝わってきます。謎のやりとりも、変化があっていいのです。
 後半に出てくる次の歌は、なかなかおもしろい趣向で出てきます。


咲く花を 散らさじと思ふ御吉野の 心あるべき春の山風


 この和歌について、私は解釈に思いを巡らしながら読んでいました。その作者が問題だったとは、一本やられました。うまくすくい投げをされた気がして、感心しました。おみごとです。

 話をむつかしくしないのが、この作者のいいところです。【4】
 
 
■「小夜しぐれ−寿ぎ膳」
 身欠き鰊が江戸にはなかったのだそうです。私は、鰊の昆布巻以外は、あまり食べない魚です。前話の菜の花といい、東西の食文化の違いに、あらためて気づかされました。
 ふきがぴょんと跳ねる場面が、この物語の中で定着しました。展開が明るく前に進むしるしとなっているのです。
 弓張り月(181頁)が丸みを帯びた月(202頁)になり、やがて満月に近くなります(218頁)。その頃には、話はめでたしめでたしと収まる趣向のはずです。しかし、その後、半分の月となるのです。どうも、この話は、最後が流れているように思えます。祝言が、晴れやかではないのです。ここまでの2作も、盛り上げも感動も、いつものような調子ではありません。こぢんまりと終わっています。【2】
 
 
■「嘉祥−ひとくち宝珠」
 これまで、正体を伏せながら、小出しにしてきた小松原の素性が語られます。しかも、ここでは、真正面から実像を露わにします。あまりにもストレートなので、私はがっかりしました。これは、評価が分かれることでしょう。次への準備とも言えます。しかし、もっと引っ張ってもよかったように思います。
 もっとも、これまでとはまったく異なる味の構成なので、これもおもしろいと言えます。澪の登場がないのですから。澪を外から見た物語となりました。次作にどうつながるのか、ますます楽しみです。【2】
posted by genjiito at 22:49| Comment(0) | ■読書雑記
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