■「法成寺物語」(四幕)
芸術家としての仏師定朝の、苦悩する心中を語ります。
舞台設定の指示に留まらず、脇役もしっかりと描かれています。これまでに、相当の舞台を見てきたであろうことが、随所に窺えます。
道長の愛人である四の御方(為光の娘)に恋をした、定朝の高弟である定雲の心の中を通して、人間がそのまま描かれています。四の御方も、人間味溢れる会話を、定雲と交わします。絶世の美女と、卑しくてみすぼらしい男の気持ちが通じる展開がうまい、と思いました。
その定雲゛か彫った観音勢至菩薩が、夜な夜な南殿を徘徊すると言います。それが、聞く者を惹き付ける展開となります。
「あの法師こそ光源氏の再来ではおはさぬか」と言われる老法師良円が登場します。定朝が彫る如来のモデルとなります。定雲の菩薩に勝てるか、ということに注意が向きます。
最後に、皎々と照らす月光が場面の演出をします。急転回で意外な結末は、月の光で浄められています。【5】
初出誌︰『中央公論』(大正4年6月号)
■「恐怖時代」(二幕)
舞台は、江戸深川の下屋敷です。
ずる賢い人間の、腹の探り合いで展開していきます。一人目の殺人は毒殺です。
そして第二場へ。ここが出色の出来です。舞台をよく心得た演出となっています。
ことの心の裏の裏が、どれが本当かわからないほどに、おもしろく語られています。
脅されて命が危なくなった珍斎が、人間味を丸出しにして媚びたり命乞いをしたりするところが、生々しく語られます。よく人の心を見抜いた筆遣いとなっています。
第二幕に入ると、『偽紫田舎源氏』の錦絵風の設定で始まります。
その第二場の最後は、もう見ていられないほどの人殺しの場面の連続です。
血迷ったような展開です。これは、ひどい筋立てです。谷崎潤一郎らしいとの評価もあることでしょう。しかし、物語をすべて投げ捨てたかのようです。この、突然の捨て鉢としか思えない書きざまに、私はついていけません。
おそらく、これが谷崎潤一郎という作家を知る、一番の近道なのでしょう。
それだけに、今後とも読み進む中で、この乱雑さのありようを再考することになりそうです。また、この作品が読者にどのように読まれたのかも、興味深いところです。【2】
初出誌︰『中央公論』(大正5年3月号)
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