2010年12月11日

井上靖卒読(116)『魔の季節』

 別れた桂伸子のことを怒鳴るためだけに北の果て宗谷岬に来た風見竜一郎は、列車で伊吹三弥子と出会います。雄大な北海道の景色を背景に、この物語が始まります。

 私は、井上靖の小説を読むとき、いつも唸る男を楽しみにしています。
 この作品では、伸子にやり込められて返事に窮した竜一郎が、「うむ」と何度も呻きます(文庫115頁)。三弥子との会話の途中で、「うーん」と唸りたくなったりしています(171頁)。その後、竜一郎は三弥子への気持ちに苦しみながら、「彼女が好きだ」と低く唸るように言います(354頁)。唸る男に注目すると、物語の基本線が見えてきそうです。

 ただし、後半で端役である三平が、伸子から声をかけられ、唸るような「おう」という声を出します(312頁)。その後、伸子が誰かの奥さんになるということを聞いた三平が、「ああ!」と呻き(403頁)、「ああ、やっぱり本当か」と唸ります(409頁)。
 この三平に唸らせたのはどうしてなのでしょうか。いつか考えてみたいと思います。作品の中であまり効果的な唸り声とはなっていようように思うのですが……。

 竜一郎は仕事に失敗しながらも、あくまでも自由人です。そこへ、女優の伸子と大学教授の伊吹卓二、そして専業主婦の三弥子が複雑に絡んで展開します。この人物設定がおもしろいと思います。

 話は北海道から東京、そして富士五湖へと移ります。しかし、その舞台回しとなるのは、有楽町から銀座です。これも、井上作品によくある設定です。
 三弥子が銀座で出かけたとき、こんなことが語られます。

女が自分の身を飾るこまかい品に無関心になった時は、あまり倖せとはいえないようである(151頁)


 そういうものなのでしょうか。井上の観察眼の一つなのでしょう。

 全編を通して、伸子のわがままがうまく描かれています。その勝手な気儘さに振り回される男たちも、おもしろおかしく巧みに描かれています。これは、三弥子の心の揺れ動きを丹念に語る中で、うまく対照的に語られているのです。

 それにしても、井上靖は湖が好きなようです。創作童話に始まり、さまざまな作品で湖が取り上げられています。琵琶湖とは異なるものとして、この富士五湖が背景に置かれているのです。
 そして、この湖に、冬の白い月光が射します。その描写は長くはありません。しかし、それが伸子を語る場面に用いられことに、私は疑問を持ちました。三弥子と月光が相応しい取り合わせだと思えるからです。若い女性と湖と月光という絵になる場面を想定したからでしょうか。もっとも、その描写は作品の中では、それ以上には伸びませんでしたが。

 最後に波乱が、と思わせながら、結局は何事もなかったように物語は静かに収束していきます。井上流の物語の閉じ方です。安心感と共に、人の心の揺れ動きの綾に思いを致しながら、読者は本を置くことになります。【2】
 
 
 
 
初出誌︰サンデー毎日
連載期間︰1954年11月21日号〜1955年7月31日
 
文春文庫︰魔の季節
井上靖小説全集8︰海峡・魔の季節
 
 

【映画化情報】

映画の題名︰魔の季節
制作︰松竹
監督︰ 岩間鶴夫
封切年月︰1956年3月
主演俳優︰淡島干景、山村聡
 
 
 
〔参照書誌データ〕
 井上靖作品館
 http://www2.plala.or.jp/baribarikaniza/inoue/
posted by genjiito at 23:49| Comment(0) | □井上卒読
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