ただし、私は国語教育の専門家ではないので、思いつきを記すことを、あらかじめお断りしておきます。
【学校図書】(129冊)
昭和28年度用
1年上(京都府立図書館蔵『1ねんせいのこくご上』は昭和27年度用に分類。下は昭和28年度用。)
2年上(欠本)
2年下 浦島太郎
3年上 二つの玉(古事記)
4年(欠本)
6年上(欠本)
6年下 インドの旅(石井房子)
※この年度の学校図書の教科書の監修者は、志賀直哉・久松潜一・池田亀鑑の3名です。池田亀鑑は昭和31年12月に死去のため、この年度と昭和32年度だけに監修者として名前があり、昭和34年度用からは吉田精一に変わります。ただし、後に取り上げる教育出版の昭和33年度用でも、池田亀鑑は監修者となっています。
また、1年生用における池田亀鑑の肩書きが「東京大学教授・文学博士」なっているのに、今回確認できた2年生用・3年生用・6年生用では「東京大学助教授・文学博士」です。この時点では助教授でした。4年生用と5年生用は、どのような事情があったのか、監修者は斎藤清衛・岡元明です。
池田亀鑑が東京大学の教授になったのは、最晩年の昭和30年4月です。亡くなる1年前です。学校図書の1年生用教科書の奥付の再確認が必要です。
なお、手元のメモによると、『六年生の国語 下』の扉には、検定日について次のように記されています。
「昭和二十六年七月二十三日 文部省検定済 小学校国語科用/昭和二十八年七月二十日 修正」
修正や改訂がどのようになされていたのか、ご存知の方がいらっしゃいましたらご教示のほどを、よろしくお願いします。
3年生用上の「二つの玉」について、巻末の「先生と父兄へ」では、「衆知の海幸山幸の話で、日本の古典童話の紹介という意義をもっており、長編物語の読解力を養う。」とあります。
6年生用下の「インドの旅」は7ページもあります。写真と挿絵と地図が1枚ずつ添えてあります。巻末の「先生と父兄へ」には、視野を世界にひろげて国際人的性格を培う観点から、「日本と同じアジアにあって躍進しつつあるインド、これを紀行文的な表現をもってとりあげた。」と記しています。
昭和32年度用
1年(欠本)
2年(欠本)
3年上 二つの玉(古事記)
4年下 京都の案内
5年(欠本)
6年上(欠本)
※3年生用・4年生用の監修者は、志賀直哉・久松潜一・斎藤清衛・池田亀鑑と、斎藤が加わって4名です。池田亀鑑の肩書きは「東京大学教授・文学博士」です。昭和31年12月に亡くなっているので、ギリギリで池田亀鑑の名前を残し、斎藤清衛を加えたのでしょう。この3年生用の「二つの玉」について、文末の「さんこう」では古事記と日本書紀への言及があり、神名に違いがあることを指摘しています。
6年生用では、上が欠本なので、次回の昭和34年度に掲載されている「紫式部」がここにあるのかどうか、今は確認できていません。池田亀鑑が監修者となっているので、あった可能性が高いと思っています。前年度に掲載された「インドの旅」が削除されました。
昭和34年度用
1年中 一寸法師
2年上 かぐや姫
3年上 二つの玉(古事記)
3年下 すくなひこなのみこと(古事記)
4年上 京都の案内
5年(欠本)
6年上 紫式部
6年下 万葉集、古いインド新しいインド
※3年生用の「二つの玉」は昭和32年度用と同じく「さんこう」も付いています。また、この3年生用は神話に題材を採ったものが2つもあります。
六年生用の表紙が王朝風な絵です。教材に「紫式部」があるので、この絵は紫式部を意識して描かれたものだと言えます。とすると、牛車の中の男性は誰なのでしょうか。
教材の中に、4ページにわたる説明文「紫式部」があります。国宝源氏物語絵巻の宿木(1)を描き起こした挿絵が冒頭に置かれています。帝と薫が囲碁の対局をしている絵です。
この文章の作者は明記されていません。この年度から監修者が志賀直哉・久松潜一・吉田精一になります。前回までの昭和28年度、32年度の監修者に池田亀鑑がいたことから、これは池田が書いたものを元にしている可能性があります。ただし、池田は後に報告する教育出版の教材を精力的に執筆しているので、その時にこれと関連させてコメントを記すことにします。
なお、巻末の「指導内容」の項では、「国語文化史上におけるかなの発明の意義、源氏物語のもつ価値などを理解させる。紫式部の業績や人がらを読解する。」とあります。
6年生用の下では、万葉集を例にして短歌の鑑賞と説明をしています。また、インドについての説明文が「インドの歴史と現状を読みとる。」という趣旨の元に新たに再登場しています。
昭和36年度用
1年中 一寸法師
2年上 かぐや姫
3年上 まきばの王子(古事記と日本書紀からの書き直し)
3年下 はくがのふえ(平安朝風)
4年下 京都の案内(改稿)
5年下 玉虫厨子の物語(平塚武二)
※6年生用では、昭和34年度用にあった「紫式部」が削除され、「太平洋をこえて」という勝海舟と福沢諭吉の話に置き換えられました。
昭和40年度用
1年下 一寸法師
2年上 かぐや姫
3年上 まきばの王子
3年下 はくがのふえ
4年下 京都の案内
5年上 ガンジー+ガンジーの伝記を読んで
5年下 玉虫厨子の物語
※5年生用の「ガンジー」は伝記として、12ページにわたっての採用です。写真と絵が一葉ずつ、そしてインドの地図が添えてあります。長文のため、小見出しとして「地上の人」「南アフリカで」「インドへ帰る」「ガンジーの戦い」「勝利」「死」が付けられています。
この年度の教科書の扉には、「昭和35年4月20日 文部省検定済 小学校国語科用」とあり、その下に「昭和 年 月 日 改訂検定済」とあります。この教科書は昭和40年度用に分類されていますが、それは改訂版の検定を受けたもの、ということなのでしょうか。奥付の印刷・発行日にも年月日が空欄です。このあたりの教科書検定のシステムと事情については、私にはまったくわかりません。今は、あるがままに記しておきます。
昭和43年度用
1年下 一寸法師
2年上 かぐや姫(絵が変わる)
2年下(欠本)
5年下 玉虫厨子の物語
昭和46年度用
1年上 一寸法師
2年上 かぐや姫
3年(欠本)
5年上 玉虫厨子の物語(挿絵変更)
※6年生用に『平家物語』がありますが、平安時代の香りは消えています。
昭和49年度用
1年上 一寸法師
2年上 かぐや姫
5年下 仁王門の綱
6年下 秘曲(古今著聞集)
※5年生用の「仁王門の綱」には平安朝の雰囲気があります。ただし、これは井原西鶴の『懐硯』所収のものを現代語訳したものです。
昭和52年度用
1年上 金太郎
6年下 秘曲
※6年生用の「秘曲」が巻頭でカラーの挿絵入りとなります。
昭和55年度用
6年上 ことばと文字
6年下 百人一首
※6年生用の「ことばと文字」では、かなの成り立ちの説明があります。しかし、写本についての説明まではいきません。
昭和58年度用
※昭和55年度用とほぼ同じ内容です。
昭和61年度用
5年(欠本)
6年上 万葉集
6年下 短歌や平家物語の一節
※6年生用下では、短歌や平家物語の一節を引いて、文語のコラムがあります。
昭和64年度用
3年生用のみ所蔵
以上を通覧して、学校図書版の小学校国語教科書を見る限りではありますが、昭和30年代は積極的に古典文学作品が取り上げられていることが確認できたと思います。平安朝の香りが立ち上ります。また、インドも注視されています。それが、昭和50年代以降は薄まります。
昭和30年代は、日本が国連に加盟し、神武景気と言われて高度成長の時代となりました。東映の時代劇映画が全盛となり、皇太子のご結婚、東京オリンピックがありました。
もっと丁寧に分析すべきですが、それは今後の課題として、まずは学校図書版をこのあたりで終えておきます。
次回は、教育出版に移ります。
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