2010年11月07日

西国三十三所(36)満願の華厳寺

 満願となる谷汲山華厳寺へは、早朝より始発で出発しました。岐阜県の山中にある西国三十三所の終着地です。途中、乗り換えが6回もあり、片道4時間の旅となりました。

 自宅を出てから、烏丸御池、山科、米原、大垣、本巣、谷汲口で乗り換えて、最後はバスでようやく谷汲山にたどり着く行程です。

 大垣から乗った樽見鉄道は、第三セクターを介して、さまざまなドラマがあった鉄道のようです。
 
 
 
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 これは、本巣で電車を乗り移るときのものです。電車も年代物で、バックミラーが付いているのが時代を教えてくれます。地元を始めとして、多くの方々の支援を得て、元気に運行しています。
 車中から、柿がたくさんなっているのが見えました。車内には、子供たちの絵が、たくさん掲示されています。心温まる鉄道です。

 谷汲山は、参道を始めとして、きれいで気持ちのいいお寺です。
 満願のお寺だけあって、お軸の表装を扱うお店がたくさんありました。
 
 
 
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 境内も、満願成就を果たした方々が多いせいか、明るくて満足感が漂っています。西国札所の中でも、ここは特別な雰囲気があります。
 私も、達成感があるせいか、心なしか気分が晴れやかになります。
 
 
 
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 巡拝団のみなさんの御詠歌や般若心経も、力強く聞こえて来ます。自信に溢れた歌声です。
 みなさん、それぞれ念ずることがあっての巡礼です。事情も願い事も、各人違うはずです。それでも、一つずつ札所を踏み、それを積み重ねることによって、こうして満願のお寺にたどり着かれたのです。
 無事に回り終えた充実感を噛みしめて、今それぞれの思いの中で、自分を確認しておられることでしょう。
 かく言う私も、達成した喜びが徐々に感じられて来ました。
 
 
 
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 今、幸せの絶頂にいる人は、この境内にはほとんどおられないでしょう。日常生活に何も問題のない方も、おそらく皆無に近いでしょう。生きていく上で、何か思うところがあるからこそ、こうして西国三十三所を巡礼して来られたのです。ここに集っている人々の思いは、ひたすら明日を見ていると言えます。すばらしい空間を共有していることに、ある種の感慨を抱きました。

 華厳寺の御詠歌は、次の通りです。


よをてらす
ほとけのしるし
ありければ
まだともしびも
きへぬなりけり

 
 
 
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 自分にとって祝うべき日なのですが、1つだけ気になることがありました。それは、朱印をいただくときの華厳寺の方の態度です。非常に傲慢なのです。

 まず、お軸を渡すと、後ろ向きで、私から視線を遮るようにして書かれるのです。
 写真を撮りたいので少し横に回り込むと、写真を撮ってはいけない、ときつくおっしゃいます。
 そして、その時に見たのですが、もの凄いスピードで文字を書いておられます。文字がどうかではなくて、あんなに乱暴に筆を飛ばして書かれては、書いていただく方としては不愉快な思いをします。もっと丁寧に書いてもらえませんか、と言いたくなります。

 なぜ、書く姿を隠すようにしておられるのでしょうか。見られたくないので……、としか思えません。また、写真を撮ってはいけないと言うときも、ものには言いようがあると思います。非常に嫌な思いにさせられる、慇懃無礼な言い方でした。

 このことは、数年前に来たときにも感じました。しかし、その時は、家族全員で来たこともあり、特に嫌な思いをした気持ちを家族に語る必要もないので、そのまま忘れていました。しかし、今回も、となると、これはこの寺の品性と資質の問題です。
 このお寺側の態度は不遜です。西国三十三所の中にずっといたいのであれば、参拝者を不愉快にするような態度は改めるべきです。それとも、もしそれがお寺としての主義からくるものであれば、そのことをどこかに明記しておくべきでしょう。もしくは、説明してください。他のお寺では、そのようなことは一切ないのですから。

 私に、もし今の西国三十三所の問題点を聞かれたら、その1つにこの華厳寺を札所から外すべきだ、ということを答えるはずです。ついでに、もう一ヶ寺をあげれば、三井寺と答えます。この寺も、不愉快なお寺です。

 こんなことは言っても屁の突っ張りにもならず、お寺の姿勢が変わるとは思えません。しかし、満願の寺ということに胡座をかいて、参拝者を蔑ろにしている姿勢は明らかです。
 悟りの道を求めて精進しておられるならば、1日も早く今の参拝客に対する姿勢について、このままでいいのか、今一度確認をなさるべきです。

 それはともかく、7月16日にガンの告知を受け、週明けの7月19日から石山寺を皮切りに始めた、私の西国三十三所札所巡りでした。丸々4ヶ月かかって、今日ようやく念願の満願となったのです。
 
 
 
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 来週は、私の誕生日であり、同時に結婚記念日を迎えます。その日に間に合ったことも、喜びをいやましにしています。

 本堂の裏には、満願堂がありました。
 
 
 
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 長かった道のりを振り返り、これまでのさまざまなことを想い出しました。そこは、自分自身と向き合う時間が持てる場所です。気持ちを整理し、新たな思いで出発する場所は必要です。
 今回をいい区切り目として、また身体を大事にしつつ体調管理に専念したいと思います。

 帰りの参道で、鮎の塩焼きをみつけました。途中の列車から見た、揖斐川か根尾川で穫れたものでしょうか。
 これもお祝いだということで、妻と一匹ずつをいただきました。焼きたてということもあり、爽やかな格別の味わいでした。
 
 
 
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 また、参道にはポン菓子屋さんがいました。
 
 
 
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 父がシベリアから引き揚げて帰ってきてから、一時はこの仕事をしていました。私が幼かった頃には、父に付いて行き、このポン菓子機のハンドルを回す手伝いのようなことをしたものです。
 ちょうど満願を果たした直後に見かけたというのは、ポン菓子で祝ってやろうという、父からのメッセージかもしれません。

 父のポン菓子のことは、次のブログに書きました。ご笑覧を。

「わが父の記(2)川で流された時」(2008年5月20日)


「わが父の記(3)父の仕事(その1)」(2010年4月 3日)

 バス停の近くに、満願の湯という温泉がありました。しかし、これから我が家の大本山である永平寺に、もろもろの報告を兼ねた参拝に行きます。
 今日中に福井県の永平寺に行くのがきついので、今日は東尋坊に近い芦原温泉に泊まります。そこで北陸の温泉につかり、気分を一新して、明日永平寺に向かう予定です。
 ということで、この谷汲山の温泉は見送ることにしました。

 永平寺には、父と母の分骨をしています。2回とも、家族みんなで分骨に来ました。
 私が病気をしたことを知る由もない両親に、改めて病気平癒の祈願と家族の近況報告をするつもりです。
 また、明後日には、娘がフランスへの留学に旅立ちます。
 諸々の安全祈願を込めて、報告の参拝です。

 もと来た道を、また乗り継ぎをしながら引き返します。
 谷汲山口、谷汲口、大垣、米原、そして、米原からは特急しらさぎに乗って琵琶湖の西沿いを北上して福井県へ。
 今日の最後は、えちぜん鉄道のあわら湯のまち駅で降りて温泉宿へと入りました。

 今日1日だけでも、何種類の電車に乗ったのか数え切れません。思い出しながら数え挙げると、10回も乗り継いでいました。

 温泉につかって疲れを癒やし、西国三十三所の満願成就を妻と共にささやかに祝いました。
posted by genjiito at 22:49| Comment(2) | ・ブラリと
この記事へのコメント
私も先達ですが、華厳寺の納経所の職員に凄い無礼なことをされました。あそこは二度と足を運びたくない。行かない。観音菩薩様に顔向けできるとは思えません。

共感致します。
Posted by やま at 2015年12月26日 04:12
コメントをありがとうございます。
そうですか。
私も、今思い出しても、あの華厳寺は不愉快な思いが湧き上がります。
もう行きたくない、嫌なお寺でした。
再来年に定年退職したら、また西国巡りをしたいと思っています。
満願のお寺として、またあの華厳寺に行くのかと思うと、ごめん被りたいとの思いでいます。
どこか別のお寺を満願の寺にできないかと、まだ時間があるので考えているところです。
一日も早く、華厳寺を西国三十三所の札所から外していただくことを願っています。
西国三十三所の関係者のみなさまへ。
あの華厳寺は、札所から遠慮してもらうことで、十分検討に値するお寺であることを、実際に足を運んで確認なさってみてください。
Posted by genjiito at 2015年12月26日 23:31
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