2010年11月04日

西国三十三所(33)宝厳寺

 琵琶湖の湖北にある長浜から船で25分。静かな湖を滑るようにして、竹生島へと進みます。
 湖北一帯が靄って見えます。
 
 
 
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 船の前方左側に、周囲2キロの小さな竹生島が見え出しました。
 
 
 
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 竹生島にある宝厳寺は、西国三十三所の第30番札所です。724年に行基が開いたというのですから、その歴史の重みを感じます。
 船着き場のお土産物屋さんは、5軒のうち3軒が店じまいしていました。少し寂しい感じです。おでん定食を妻と分け合って食べました。
 
 
 
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 本堂は、弁天さんを祀っています。江の島、厳島と並んでこの竹生島が、日本三弁天と言われています。
 
 
 
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 本堂の横でお軸を書いてもらいました。
 
 
 
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 御詠歌は、次の通りです。


つきもひも
なみまにうかぶ
ちくぶしま
ふねにたからを
つむここちして


 「びわ湖108霊場」の湖北27ヶ寺の一覧がないかを聞くと、納経所の3人ともご存知ありません。その横に立ててある旗は、最近配られたものだそうです。無住の寺があるから、と小馬鹿にしておられます。苦労して設立されたのに、現場がこのていたらくですから、「びわ湖108霊場」が認知されるまでには、まだまだ時間がかかりそうです。まずは、こうしたお寺の関係者への啓蒙から始めないといけません。この人たちが、今は「びわ湖108霊場」の普及の足手まといとなっています。よく言われる、身内の教育から、ということです。

 江戸時代に焼失した三重塔が、10年前に重機を使わずに人手だけで再建されたそうです。その10年祭として御開扉されていました。かねてより、日本的な美しさがその色褪せた渋さにあると教えられて育ったせいか、この眩いばかりの大日如来や極彩色の天部の神様たちには、やはり違和感を感じます。インドへ行ったときの電飾の中の神様仏様のようなけばけばしさには、正直なところ戸惑います。日本文化について、改めて考えてしまいます。出来たばかりの時には、新しさに輝いているのがあたりまえです。しかし、それが古びた方を日本的としてありがたがる美意識を、無意識の内に植え付けられてきたように思います。新しさや若さや新鮮さというものに対する意識を、自分の中で見つめ直す必要がありそうです。後ろ向きではない、前向きな視点で文化を見ることが、今まで以上にこれからは大切にすべきではないかと。

 国宝の観音堂は唐門造りです。
 
 
 
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 本尊の千手観音は、今年5月の1ヶ月間がご開帳でした。次は27年後の2037年だそうです。この次のご開帳に立ち会えるように、細々とでも長生きをしたいとの思いを強くしました。

 この観音堂から本殿である都久夫須麻神社(国宝)につながるのが、船廊下です。
 
 
 
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 ここでは、不思議な空間に身を置くことができます。
 そして、竜神拝所での「かわらけ投げ」は、素焼きの小皿に願い事を書いて琵琶湖に向かって投げます。目の前の鳥居をくぐると願い事が叶うとか。2枚一組の内、1枚が鳥居をくぐりました。ホッとしました。
posted by genjiito at 06:10| Comment(0) | ・ブラリと
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