2010年10月15日

西国三十三所(13)三室戸寺

 宇治に来ると、まずは回転寿司の函館市場でお腹を満たします。
 
 
 
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 今回は、手術後のために、あまり食べられません。そこで、ご飯を4分の1にして握ってほしいと伝えました。しかし、渡されたのは、みんなご飯が半分以上のものでした。お願いしても、せいぜい半分までにしか小さくしてもらえません。
 握る方にとっては、あまり小さくしても、という気持ちが働くのでしょうか。

 この宇治橋から北東に、西国札所10番の三室戸寺があります。
 
 
 
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 この寺のことは、かつて「源氏のゆかり(3)浮舟の石碑」(2008年1月26日 )で書きました。
 
 
 

 その最初に掲載した写真は、実は少し細工をしたものでした。元の写真には、門のところで娘が立っていました。それを、フォトショップを使って一時的に姿を隠してもらいました。どこに立っていたのか、わからないと思います。
 今回の写真には、手は入っていません。

 また、「源氏のゆかり(3)浮舟の石碑」では、『源氏物語』にまつわる「浮舟」の石碑の移転のことに触れました。あれから3年近く経とうとしています。幸か不幸か、いまでも、この碑は三室戸寺の鐘楼脇の同じ場所に建っています。
 
 
 
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 この「浮舟之古蹟」と刻まれた古碑は、江戸時代中期の寛保年間(1741〜1744)に、「浮舟古跡社」を石碑に改めたものです。その時に、古跡社のご本尊であった「浮舟観音」が三室戸寺に移され、浮舟念持仏として現在は宝物館に伝えられています。
 と書きながら、実は私はまだ一度も見たことがありません。神社仏閣にはよく行きます。しかし、どうも見落としが多いのです。いつも、次は、と思って巡拝しています。

 本堂の前は、蓮で埋め尽くされています。
 
 
 
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 そして、中央に狛兎と狛牛がいます。狛兎は御影石で作られています。
 
 
 
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 この兎が抱いている大きな玉の中に、さらに卵型の石が入っています。それが立てば願いが通じると云われているので、試してみました。運良く立ってくれました。
 
 
 
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 帰ってから写真をよく見ると、底に十円玉が置いてあります。知りませんでした。これに助けられたと言えなくもありません。しかし、それでもとにかく立ったのですから、人に助けられながらも万事うまく行く、ということなのでしょう。私らしいかもしれません。

 この地域を菟道(うじ)といいます。また、菟道稚郎子は、応神天皇と宇治の豪族である和邇(わに)氏の娘との間に生まれた皇子です。さらには、菟道稚郎子が宇治に来た際、兎が道案内したとの伝承もあります。ということで、この三室戸寺は兎と縁があるのです。
 さらに、私は卯年生まれです。来年は卯年なので、年男で還暦となります。ウサギつながりで、いい歳になることを念じました。

 三室戸寺の御詠歌は、次の通りです。

よもすがら
つきをみむろと
わけゆけば
うぢのかはせに
たつはしらなみ


 
 
 
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 お軸も、少しずつ、着々と埋まっていきます。
posted by genjiito at 22:15| Comment(0) | ・ブラリと
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