2010年09月01日

心身雑記(74)夢に出て来たモネの花畑

日本は、言霊のさきはふ国です。
昨日は触れませんでしたが、一つだけ心配なことがありました。それは、私が機械運に見放されていることです。

普通ではあり得ないことが、私の身の回りではよく起きることは、仲間内では有名です。

手術中に、何もトラブルがなければいいが、と祈るばかりでした。停電が一つ。それよりも何よりも、一番怖いのは地震でした。しかし、それも杞憂に終わり、今は安堵しています。

さて、昨日、手術室に入るところから書きます。

手術台は温めてありました。ホカホカです。裸になり、最初に点滴用の針が打たれます。
そして、両足にマッサージ機が取り付けられました。これは、血栓予防のためのものです。エコノミークラス症候群にならないように、これ以降24時間、土踏まずを空気圧で断続的に刺激してくれます。

点滴が開始されたとき、お医者さんに夢を見るのかどうか聞きました。人によりますね、とのこと。
その会話が終わるが早いか、ストンと意識を失いました。

約6時間、何も覚えていません。
名前を呼ばれて、それが刺激になったのか、ハッと意識が戻りました。何事もなかったかのように、お医者さんと会話ができます。ノドが痛くて、声が出しにくいこと以外は。
すぐに、夢を見たか、思い出そうとしました。
自分でも不思議なことに、目覚める直前まで、丘の花畑にいました。それも、印象派の、モネやルノワールの絵の中です。
思い出そうとすると、次第に具体的なイメージが湧きました。
あたり一面、緑と黄色の緩やかな斜面に、無数の赤い花が咲いています。丘の上には、小さな黒っぽいものが一つか二つ見えます。赤い花と、黄緑の点が、画面に広がっている中に、私はいたのです。何をしていたのかは、思い出せません。
こんな夢は初めてです。絵の中に自分がいたのです。
それも、この絵が好きだということでもありません。

麻酔の先生にこのことを伝えました。そうですか、で終わりました。

病室は個室に移っていました。
しばらくして、家族と姉が入って来ました。

麻酔で呼吸機能も停止するため、ノドから肺の入り口にチューブを通して、人工呼吸がなされていたようです。まったく覚えていませんが。
そのため、ノドが痛くて喋りにくいのです。でも、たくさんのことを喋りたいので、声を枯らせて語っていたのです。

私が手術中にいた丘は、モネの「アルジャントゥイユのひなげし」だそうです。妻が調べてくれました。ルノアールも、よく似た作品を描いているそうです。

なぜ、この絵が夢の中に出てきたのでしょうか。この絵の中の小高い丘の麓に、私は一人でいただけなので、これを夢と言っていいのか。とにかく、不思議です。

妻は、切り取られたコブシ大の胃と腸を前にして、先生から説明を受けました。すべてキレイに取り除くことができたのです。
40年前の残滓を抱えての手術だったので、その過去が問題を引き起こさないか、ある意味で先生にとっても挑戦だったのでしょう。古傷は癒着もなく、方針を変更することなく執り行われました。

40年前に見事な執刀してくださった、大森のM病院の先生とスタッフの皆様にも感謝しています。

夜は、妻が泊り込んでくれました。
お医者さんは付き添わなくても看護師がいるので大丈夫でしょう、とおっしゃいます。しかし、一緒にいてくれました。
看護師さんは一晩中、2時間おきの検温、血圧、傷口の確認などなど、心のこもった看病でした。それでも、チョッとしたことで、妻の手助けが必要でした。

夜中に熱が37度7分に上がり、予想通りとはいえ、痛さも加わっての眠れない夜でした。

それはともかく、無事が一番、皆様に感謝。
posted by genjiito at 18:17| Comment(0) | *健康雑記
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