2010年07月06日

井上靖卒読(111)『欅の木』

 主人公が自問自答します。井上靖がよく使う手法です。

 亡くなった友も、弔辞を読んだ主人公に語りかけます。

 結婚式で仲人をしたときも、式の最中、自分との問答をします。幸福とは、栄達とは……などなど。これは、『星と祭』でのスピーチへと展開していく要素が多分にあります。

 犬とも会話をします。その中で、主人公は自分を見つめ直します(365頁)。


 阿佐ヶ谷から高円寺にかけてのケヤキ巡りは、私も折を見て実現したいと思っています。かつて自分が住んでいたり、よく知っている所が出てくると、無意識に作品へ感情移入をしてしまいます。


 ケヤキを案内する安見老人は、『星と祭』に出てくる大三浦によく似た人物です(189頁、264頁、268頁)。

 後に書かれる『星と祭』は、こうしたパーツをうまく取り込んでいるのです。


 亡くなった戦友が、月光の中に立ちます。幻想的なシーンです。主人公は、亡き友と語り合うのです(198頁)。

 この戦友とのくだりは、昨年11月に公開された井上靖の戦中日記に描かれた実景を想い出しました。本ブログの「井上靖卒読(100)新発見「中国行軍日記」に見る夫婦愛」で、その日記について詳述しています。ご参照願います。

 月と言えば、月明かりの夜の修善寺があります(232頁)。

 これらも、『星と祭』に継承されます。


 そのような中で、島木赤彦の「ゆるさざる心」という随筆を引いて、人に対する厳しさを語っています。また、伊藤左千夫と長塚節とのエピソードも取り上げられています。

 小説の中で、こうした手法をとることがなかった井上は、自由に新たな挑戦をしているようです。

 テーマも、社会問題を扱います。それも、ユーモラスな要素を振りまきながら……。


 本作『欅の木』(昭和45年)は、『夜の声』(昭和42年)、『四角な船』(昭和45年)とともに、作者自らが「風刺小説」というジャンルの三部作となっています。

 残る『四角な船』を、この次に読むことにしましょう。


 なお、この小説は20年前に読んだものです。今回読み直してみて、本は読む歳によって受け取る感じが違うということに、改めて感心しました。以前は、軽く読み流したのです。それが、今回は、登場人物の戯画化に興味を持ちました。また、自然に対する井上についても、今になって着眼点が新鮮であり、忘れかけていた自然などに対する、大切な問題提起をしていることに気付きました。


 文章の軽みと、語られる内容の重みが、いい塩梅に振り分けられています。【3】







初出紙︰日本経済新聞

連載期間︰1970年1月3日〜8月15日

連載回数︰224回





文春文庫︰欅の木

井上靖小説全集30︰夜の声・欅の木

井上靖全集20︰長篇13







〔参照書誌データ〕

 井上靖作品館

posted by genjiito at 23:37| Comment(0) | □井上卒読
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