今日も休む暇なく職場の中を走り回り、ぐったりとした仕事帰りのことです。
立川から乗った中央線の電車が高円寺駅に停車したとき、突然何を思ったのか、ごく普通に席を立ってホームに降りていました。これが無意識だったので、我ながら驚きました。素直な私は、K先生の催眠誘導にかかったのかもしれません。
私はかつて、高円寺の4畳半のアパートに住んでいました。
高校を卒業してすぐに上京すると、大森の新聞配達店に住み込みました。その店が火事になったために大井町のアパートに一時的に避難し、その後は渋谷の代官山で賄い付きの一室に、阿佐ヶ谷と東中野の社員寮に、荻窪と高円寺ではアパートにと、大学時代はいろんな住処を転々としていました。
昨日のK先生の返信に刺激されたのでしょうか。何となく、フラフラと高円寺の南口から甲州街道の方へと下って行きました。甲州街道へ出てから角を曲がると、陸橋のそばにアパートがあるはずです。アパートの入口の右に階段があり、2階の角の部屋に間借りをしていました。4畳半に半間の押し入れがありました。階段も、ドアも、覚えています。ところが、そのアパートが見当たらないのです。
ラーメンの丼のふちに描いてある卍模様の帯を伝うかのように、カクカクと細い道を彷徨いました。しかし、どうしてもそれらしい家が見つかりません。大家さんの名前は思い出したのですが、次第に暗くなって来たので、諦めて帰ることにしました。
毎日、高円寺駅に出て渋谷の大学に通っていたのに、その寝泊まりしていたアパートの場所がわからないのです。38年前のことが、記憶から霞んでしまっています。過日読んだ、井上靖の『崖』ほどではないにしても、ショックです。それだけに、焦って、意地で、それらしき一角を彷徨いました。
この次に、住所を確認して、また出直しましょう。
近くに地下鉄の新高円寺駅があったので、そこから帰ることにしました。ところが、途中の乗り換えで、たくさん歩かされました。
東京の地下鉄では、理不尽な思いをさせられることが多いのです。便利になると信じて穴を掘ったのはいいのですが、結果的には節操のない路線図となっています。
この後始末を私に任せてもらえるのなら、駅の中の乗り継ぎには、ジェットコースターを設置します。一駅分は歩かされる乗り継ぎは、どう考えても異常です。それを、ただひたすら耐えるようにして歩く人々は、関西発想から見ると異星人です。たくさんの雪国出身の人たちで形成されている東京だからこその、忍耐仕様の街作りに、しばしば発狂しそうになります。
今日も、あきれるほどに歩いて、乗り継いで帰りました。
疲れた1日でした。しかし、今、想い返してみると、これはなかなか楽しい想い出さがしの小旅行でした。
また機会があったら、かつて自分が住んでいたところを尋ね歩いてみましょう。多分に疲れが見えるようになったこの脳の、ささやかな活性化につながるかもしれませんので。
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