2010年05月16日

葵祭と平安京がよくわかる本

 『源氏物語と皇権の風景』(小山利彦、大修館書店、20101.5.20)は、昨日、下鴨神社の社頭の儀を案内して下さった小山先生の、出来たてのご著書です。
 
 
 
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 表紙は、葵祭で、女人列が下鴨神社の楼門に入るところです。昨日はこの楼門の右隅に陣取って、小山先生の説明を聞きながら祭儀を拝見しました。本書をあらかじめ読んでいたので、私には先生のお話が非常によくわかりました。

 以下にあげる目次からもわかるように、本書はまさに葵祭に合わせた出版だといえるでしょう。刊行日時が5月20日になっているのは、葵祭を見た方には読んでほしい、というメッセージでしょうか。
 『源氏物語』という作品に語られる舞台と、その歴史的な背景などを実証的に論じています。そして、歴史地理的な空間を読むことを通して、史実における実態を検証します。こうした時空を踏まえて『源氏物語』を読むことは、千年前の都が今でも京都という地を歩くと実感できるからこそ可能なのです。

 我が家の周辺地域のことがふんだんに語られているので、私にとっては町内の歴史語りを聞いている感じにもなりました。賀茂はもちろんのこと、北山、雲林院、紫野などにはじまり、大宮大路や北大路などは、実際に私が今でも歩いている道です。平安時代が、より身近になりました。

 本書の基本的な姿勢は、次のように明示されています。

 文学作品の故地を訪ねるということも、やはり現在における景観状況による確認ということになるので、古典の成立時空との時間的間隔が問題となる。本稿ではその差異をできるだけ縮小するための研究方法を提起している。源氏物語の空間表現に内在する問題を、千年を越えた平安朝空間の発掘成果、そして古絵図資料を参考にして周辺学を活用した新たな視点で究明しているわけである。物語の成立時の地理的空間を近年の発掘資料とともに文献にとどまることなく、実際に実観実証する手法を有効とみなしている。(116頁)


 『源氏物語』の時代と今が、提示される資料などでオーバーラップします。語られる場所や道を知っていると、イメージがさらに膨らみ、楽しく読み進めることができました。

 本書は、京都検定の受験を目指す方にも、学習意欲を掻き立てる格好の参考書となることでしょう。相当マニアックではありますが。

 「源氏物語の舞台を実証的に読み解く」というキャッチフレーズのもとに、以下の宣伝文句が書店から提供されています。

内容説明:至高の栄達を遂げる光源氏の〈皇権〉は、平安京の聖なる空間と信仰に支えられていた――。長年、源氏物語の舞台を自分の足で歩いてきた著者が、文献資料や古絵図、宮中祭祀の調査に加え、近年の考古学の発掘成果をも取り入れて物語の舞台を実証的に読み解き、その基底に流れる思想・信仰を探る。


 あわせて、本書の目次も紹介しておきます。特に第一章の三・四と第二章を、私はお薦めします。

序に代えて――文学から見える平安京

第一章 源氏物語の聖なる風景
 一 光源氏の皇権とその風景
 二 光源氏と嵯峨天皇の風景――嵯峨御堂の「滝殿」
 三 光源氏を支える聖空間――雲林院・紫野斎院、そして賀茂の御手洗
 四 光源氏の皇権と信仰――平安京勅祭の社、賀茂と石清水
 五 光源氏の皇権と聖宴――御神楽と東遊び
 六 光源氏における住吉の聖宴――東遊びと御神楽の資料から

第二章 平安京の地主神、賀茂の神と源氏物語
 一 賀茂の神降臨の聖なる風景――光源氏の聖性の基底
 二 賀茂の神の聖婚――「葵」と「逢ふ日」
 三 源氏物語の女君とイツキヒメ――大斎院選子内親王と源氏物語への連関
 四 朝顔の斎院と光源氏の皇権
 五 光源氏物語の総括――幻の巻における賀茂祭

むすび




 本ブログが、身内を贔屓し過ぎての記事になってもいけないか、と思わなくもありません。しかし、そこは個人的なブログという場なので、お許しいただきましょう。
 最後に、出版社のホームページから、本書の紹介文をもう一つ引いておきます。
 『源氏物語』に留まらず、平安京を理解するためにも、一読する価値の高い本だと思うからです。

天皇制において最大の敬意を払う対象は、皇祖神天照大神を祀る伊勢神宮であり、平安京地主神としての賀茂神社である。前の社には皇統の女君を斎宮と定め、物語では前掲の秋好中宮が務めている。第一章においては皇祖神に対する神遊びの楽、御神楽を注視している。松風の巻において源氏は神を送る曲の「其駒」を演奏している。若菜下の巻においては光源氏の一人娘明石の姫君の第一皇子が立太子した御礼参りとして住吉詣が催され、御神楽と東遊びが奉奏されている。賀茂神社に仕える聖女は朝顔の斎院である。本著では賀茂の祭祀について斎院の御禊・賀茂の御生れ・賀茂祭に関するいくつかの拙稿を第二章に収めている。四月中酉日の勅使と斎院の行粧は平安朝の最高に華やかな見物として、多くの文学作品にも描かれている。石清水八幡宮も賀茂の神に並ぶような崇敬を得て、北の賀茂に対応して南祭を催す神の宮となっている。一条天皇による石清水行幸の背景を論証してみた。
 皇権の重さを担った離宮であり、歌枕の名所であった、嵯峨院名古曽の滝跡、雲林院跡、そして賀茂神社に関わる紫野斎院跡や賀茂糺の森の王朝遺跡を、発掘資料や古絵図を用いて考察を試みている。嵯峨院は聖帝の誉れを有する嵯峨上皇が詩宴を開いた離宮である。唐風な神仙思想的風景が詩に詠まれている。歌枕として名高い名古曽の滝周辺が発掘された。すでに公任歌にも荒れてきた風景を偲ばせるが、今日大覚寺が往時の遣り水を復元している。『源氏物語』では松風の巻でこうした風景が活かされている。(『むすび』より一部抜粋)

posted by genjiito at 23:53| Comment(1) | ■古典文学
この記事へのコメント
学生に教えます。ありがとう。
Posted by 小山利彦 at 2010年05月28日 08:22
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