話が東大生の学生生活を基本とするものなので、かえって英単語がちらほらする所に、青春生活の味が加わり、いい効果を見せています。ただし、中盤から「マーザー」とか「ハズバンド」(175頁)などと、英語をカタカナで表記したりしています。何か意図するところがあるのか、まだ私にはわからない点です。
冒頭の、車窓からの風景描写が丁寧です。橘宗一の眼を通して、美代子がきれいに描かれています。「ほんとうに妾を忘れないでね」と言う美代子が印象的でした。ただし、この小説が未完とのこともあってか、後半は美代子の出番がありません。宗一が結婚を諦めだした頃から、その存在が薄れていきます。
全編、青春小説に加えて、風俗的な観点からの資料ともなっています。明治末年の東京大学では、日本の古典文学は『古今和歌集』が教材だったことがわかったりします。学生生活の実態が、よく活写されています。すべてが自伝ではないにしても、こうした社会や学生生活の環境などは、ほぼ谷崎が身を置いた周辺を描いていると思われます。東大の向が岡寮のことは、京大の寮と較べたり出来て、非常に興味があります。
自宅を出て寮に入る宗一と、それを見送る母お品の頭上に、月がでています(94頁)。感傷的な場面を、印象深くしています。月光の中で入寮。そして、月が美代子への想いを橋渡ししてくれるように、宗一は思います。
作中で、今で言えば偉人・名著が、登場人物である学生たちの話題としてよくでてきます。よき学生時代が描かれているのです。
そういえば、ロウソクの灯りで読書をしている場面に出くわし、意外に思いました。明治末から大正初めは、まだ電気は一般的ではなかったようです。『百人一首』のカルタ会での景品に、「昼は消えつつ物をこそ思へ」という謎の元に、電灯の球が出てきます。電球がハイカラなものだったのです。
「電車が二三台置きに満員の赤札を下げて」(175頁)とあるところなどでは、当時の写真や絵が見たくなります。いまはなき明治のモノが、そこここに出てくるので、知らないとこの背景がわからず、作者と作品を共有できない不安を抱きます。これは、もう古典です。文字による文学が背負う宿命ですが。
年末、新年の5日前に、「暇つぶしには年始状」(175頁)を書いています。そこには、「恭賀新年」と。この習慣は、いつ頃からのものなのでしょうか。
社会や文化の違いにも気を配りながら読み進むと、この小説は非常におもしろい読み物だと思います。
二三日前に、樋口一葉の「たけくらべ」を読んだ、とあります(155頁)。谷崎潤一郎が住んでいた地域や、後半で話題になる女郎屋などが、こうしたことと連携していきます。
その他、外国の小説のことなどが出てきて、明治から大正の学生が見えてきます。また、kiss や shake hand そして virgin など、男女のことを直接日本語で言わないところに、青春文学らしさが垣間見えます。
後半は、話題が友達の恋愛問題などへ移ります。未完とのことなので、この後どうなるのか気になります。しかし、これはこれで十分に宗一の青春を描いた作品だと言えます。それよりも何よりも、明治末年の東京が丁寧に描かれていることで、一つの文化的な価値を持つ作品になっていると思います。たくさんの人間の感情も、うまく描き分けられているので、読んで楽しめる小説となっています。【3】
初出誌︰「東京日日新聞」明治45年7月20日〜11月20日
*明治45年7月30日に明治天皇崩御、大正と改元。
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