2010年03月19日

井上家の疎開先としての日南町(4)

 『通夜の客』には、この日南町の福栄村と「曽根の家」のことが、こう書かれています。

 私があなたの後を追つて、初めてあの七曲りの細い峠道を通り、このF村全体を見晴らせる一本杉の台地に辿りついたのは、終戦の歳の十月の末のことでした。(新潮文庫、196頁)


 曽根の家は一本杉の台地からは見渡せない北側の山腹の樹立の繁みの中に、夕暮時のせいもあつたのでしようが、ひつそりと匿れたように立つていました。(新潮文庫、197頁)


 ここに語られているのが、今のどこなのか、この次に日南町を訪問したときに再確認してきます。

 ・「七曲り」は地元で言われている名なのか、井上靖の形容なのか。
 ・「一本杉の台地」はどこか。「野分の館」の辺りかと思われますが。

坂を登りつめ、水車小屋の横を曲つて、この家の庭へ一歩踏みこむまで、あなたは私だとは気付いていらつしやらなかつた。(新潮文庫、200頁)


 ・水車小屋が「曽根の家」の横にあったのでしょうか。

 なお、井上靖は日南町の雪を見ていないこともあってか、『通夜の客』に雪の描写はありません。

山も例年よりは雪が遅いということで、十二月に入つても暫くは気持よく晴れた日が続いていましたが、それにしても晩秋から初冬へかけての淋しさは格別でした。(新潮文庫、204頁)


 井上靖は、昭和20年5月19日に、毎日新聞社の同僚の松永氏とともに、この福栄村に疎開のための下見に来ています。そして、ここに家族のための家を借りていたのは、昭和20年6月16日から12月10日までの半年です。それまで、井上靖は月に2回くらい来ていたそうです。特に、この「曽根の家」を引き払う11月26日から12月10日の半月は、井上靖と松永氏は、共にここに寝泊まりをしています。
 つまり、井上靖は、初夏から師走までの福栄村しか見ていません。福栄村の雪について、丁寧な描写がないことが、小説『通夜の客』から読み取れるのは、非常に興味深いことです。

 以下、雪のことに触れている箇所を抜き書きしておきます。

一か月だけ。お正月まで。雪が解けるまで。暮まで。夏まで。秋まで。お祭りまで。二人は囲炉裏ばたで、何回、愚にもつかない同じような会話を繰返したことでしよう。(新潮文庫、206頁)


 あなたは一年に三回東京のお家へいらしつた。雪に閉じこめられる冬をのぞいて、春と夏と秋には必ず一度ずつ東京へいらしつた。(新潮文庫、210頁)


あの日は午後になつてから細かい雪が落ち始め、春の雪だつたからたいして積りはしませんでしたが、気温はひどく下つていました。(新潮文庫、204頁)


 私は霰になりかかつている雪の中をのめりそうな気持で歩きました。(新潮文庫、211頁)


 井上靖は、学生時代を石川県金沢で生活しています。雪国での生活は知っています。しかし、この『通夜の客』では、雪の場面の設定も、そして詳しい言及もないのです。もしお正月などに井上靖がここ福栄を訪れていたら、印象的ですばらしい雪の場面を描いたのではなかろうかと、今回私は雪の日南町を歩きながら、いろいろと想像してみました。

 この「曽根の家」の間取りは、前回のブログで紹介した伊田さんがお書きになった図面とほぼ一致します。ただし、『通夜の客』には、この図面にはないものが確認できます。
 これらは、井上靖の虚構なのでしょうか。

(1)「中二階の梯子段のある襖の方」(212頁)
 実際の家とは違う想定にしているのか、あるいはこの地域の農家には、中二階の梯子段があったのでしょうか。

(2)「風呂の流し場を少し体裁よく造りたい」(214頁)
 井上家は、道を挟んだ向かいの家に、月に一二度、お風呂を借りに行っていました。「曽根の家」には、お風呂はなかったはずです。


 今回の講演会も無事に終わり、日南町を去る朝、久代さんがもう一つ井上靖の碑がある、ということで、廃校になったばかりの福栄小学校に連れて行ってくださいました。
 
 
 
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 その校門の左に、井上靖が揮毫した「學舎百年」という石碑が、今もどっしりと置かれていました。
 
 
 
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 この元・福栄小学校は、井上靖の長女が小学三年生だった時に、半年ほど通った所なのです。

 なお、福栄小学校の創立百周年の記念誌『學舎百年』に井上靖が寄稿した「私と福栄」では、この地を引き上げた日時が異なっています。

 家族を疎開させたのは終戦の二十年六月、家族を引き揚げさせたのはその年の暮れも押し詰まった十二月二十八日である。


 また、「通夜の客を読む会」の田辺青志氏によると、ふみ夫人の記憶ではこの引き上げは「11月」だったと聞いた、とのことです。
 この辺りは、折を見て再検証をする必要があると思っています。
posted by genjiito at 23:55| Comment(0) | □井上卒読
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