2010年03月05日

京洛逍遙(126)仁丹の町名表示板

 京都を散策していると、いろいろな情報が集まります。
 その中から、町名や通り名が書かれた表示板に関して、中間報告です。

 京都新聞の2月20日(夕刊)に、「大礼服、ちょびひげ紳士の町名表示板 仁丹マーク消滅の危機?」という記事が掲載されました。
 それによると、この表示板は、明治43(1910)年に森下仁丹が全国で設置したものだそうです。
 それから100年が経ち、京都には800枚が残っているとのことです。

 確かに、以前は普通にあったように思いますが、最近は見かけなくなりました。
 平成7(1995)年には、京都市に仁丹の表示板は1200枚あったそうなので、激減です。
 近畿では、大阪市、奈良市、大津市などにも、少し残っていることが確認されているようです。
 東京や名古屋にも設置されたそうなので、もし近所にあれば、教えて下さい。

 以下、私が撮り貯めている写真データから抜き出します。

 まずは、軒下の辻角にあるものです。
 次の写真の右側が、仁丹の表示板です。
 横幅15センチ、縦1メートルのホーロー製です。
 
 
 
100222kamigyouku1
 
 
 
 左側は、その後のもので、俵屋吉富のお菓子の宣伝があります。これは今でもたくさん残っています。
 3桁の郵便番号が書かれているので、昭和43(1968)年以降のものだと思われます。ただし、印刷が悪いのか、至る所で色が薄れています。郵便番号の部分と「上」の文字は鮮明なので、後の手が入っているのかもしれません。
 それにしても、100年経っても色褪せない、仁丹畏るべし、です。

 この表示板が掲げられている家の正面中央には、嬉しいことに仁丹がまだありました。
 通りの北と西に仁丹が残るのは、珍しいと思います。
 
 
 
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 そして、このお宅の正面の軒下左側には、「隠れ仁丹」とか「引っ込み仁丹」と言われる表示板が顔をのぞかせています。
 
 
 
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 まさに、文化財とでもいうべき状態で、表示板が保持されています。

 この郵便番号を入れたもので、同じ頃に作られたと思われる、ロータリークラブの表示板もあります。これも、退色が激しいものが目に付きます。
 
 
 
100222kitaku2
 
 
 
 その近くに、宣伝の入っていないものを見かけました。仁丹とどちらが古いのでしょうか。
 
 
 
100222kitaku1
 
 
 
 木に書かれた仁丹の表示板も、本当に稀ですが京都の街角には残っています。最初に仁丹が掲げたものなのでしょうか。
 
 
 
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 最近のものは、こんな感じのデザインになっています。
 
 
 
100228new
 
 
 
 掲示板ではないのですが、京都の街角の至る所にある消火器のケースにも、その地区の住所が記されています。
 
 
 
100222kitaku4
 
 
 
 町名が変更になったりして、歴史と結びついた地名が、我々の想像力を奪っています。
 可能な限り地名を残し、表示板も大切に守りたいとの思いを強くしています。
posted by genjiito at 23:53| Comment(0) | ◎京洛逍遥
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