2010年03月01日

京洛逍遙(125)洛陽三十三所(31)東向観音寺

 北野天満宮にお参りしたついでに、といっては失礼ですが、二の鳥居の西にある東向観音寺に立ち寄りました。本堂が東に向いているところから、こう呼ばれているそうです。
 
 
 
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 道真が幼少の砌ここで勉学に励み、本尊の十一面観音は応和元年(961)に太宰府の観世音寺から道真公自作の像を移したものだ、ということです。その真偽がどうかは別にして、北野天満宮の神宮寺であったことは事実です。
 
 
 
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 本堂の右横の建物の中で、朱印をもらいました。
 
 
 

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 中で、おばあさんが、熱い番茶を淹れてくださいました。毛氈がひかれた台に腰掛けて、茶碗に口を当てて有り難くいただきました。私に向かって「あったかおすな」と、きれいな京都言葉でした。
 境内の西南端にある五輪塔は、道真の母君のお墓だと伝えられています。
 それを見てから帰ろうとすると、先ほどのおばあさんが門の所で私を待っていて下さったようで、お参りしたことを丁寧にお辞儀をして感謝の意を伝えてくださいました。あまりの丁寧さに、こちらが恐縮してしまうほどでした。
 どうぞ、いつまでもお元気で、と声を掛けたくなる瞬間でした。

 「洛陽三十三所観音巡礼」から「東向観音寺」の略説を引きます。

御詠歌  ふみわけて ここにきたのの ひがしむき こころはにしへ はこびぬるかな

 桓武天皇の勅願によって創建された朝日寺を前身とする。 菅原道真公が幼い頃勉学に励んだ場所と伝え、本尊の十一面観音は道真公自作という。 鎌倉末期、無人如導宗師が中興し、南北両朝の天皇や足利尊氏公の帰依をうけ、北野天満宮の神宮寺として栄えた。
 現在の本堂は、豊臣秀頼公によって再建されたものである。
 
 
 
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posted by genjiito at 00:30| Comment(0) | ◎京洛逍遥
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