2010年02月04日

井上靖卒読(104)『風濤』

 宗主国である元のフビライからの命令で、日本へ使者を送り届けることになった、高麗の困惑と心労が詳細に語りだされます。人間を超越した大きな力というものが、雄大に描かれていきます。
 井上靖にしかできない、独特の小説作法と言えます。

 高麗の元宗は、10年前に初めて世祖フビライに会ったときの温顔を忘れられないでいます。人を信ずることとを支えとする国王です。それは、世祖の本来の姿であったのか、常に読者に迫る問いでもあります。
 この作品は、フビライの姿がその背景にデンと据えられています。フビライが、この物語を動かしていきます。

 元宗は、フビライの使いを無視する日本を、腹立たしく思います。そして、いつも高麗の行く末が気になっています。

風濤に遮ぎられた一小島国の謂われなき矜持が堪まらなく腹立たしかった。日本が蒙兵に蹂躙されようとされまいと、そうしたことはどうでもよかったが、その巻き添えを食って、高麗に”死”がやって来ることには堪えられなかった。(152頁、新潮文庫)


 元宗は、身辺のあまりの変転に、何を聞いても驚かなくなっていました。それだけ、波瀾万丈の中に身を置いていたのです。

 その後、元宗の息子の忠烈王みずからが、日本征討を願い出る形をとります。やむにやまれぬ策に出るのです。とにかく、属国としての悲哀を、淡々と語ります。

 本作品では、『高麗史』などを駆使しているため、資料からの引用が多く難解です。しかし、話の展開が巧みなので、引用文がわからなくても引きつけられて読み進みました。
 ここには、一国の歴史が語られています。忍耐強く、粘り強く処していく、元宗と忠烈王の姿が、冷静に描かれています。
 歴史における資料性を重視した構成のため、盛り上がりに欠けています。しかし、その客観的な視点が、この作品の独自性を見せています。【3】


初出誌︰群像
初出号数︰1963年8月号第1部、10月号第2部
備考︰1964年『読売文芸賞』受賞

新潮文庫︰風涛
ロマンブックス︰風濤
井上靖小説全集16︰蒼き狼・風濤
井上靖全集15︰長篇8

〔参照書誌データ〕
 井上靖作品館
 http://www2.plala.or.jp/baribarikaniza/inoue/
posted by genjiito at 23:45| Comment(0) | □井上卒読
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