2010年01月11日

ウランバートルの街を予習する

 まずは両替です。
 市内にあるフラワーセンターの2階に、民間の両替屋さんがあります。そこで、1円=約16トゥグリクの両替をしました。この日のレートは良い方だそうです。結構、財布がお札でかさばります。ただし、モンゴルでは、硬貨がないので楽です。ほとんどのお札に、チンギス・ハーンの肖像が描かれています。

 スフバートル広場に行きました。
 スフバートルとは、30歳で夭逝したモンゴル革命の英雄です。その騎馬像が、広場の中央に建っています。
 
 
 
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 この像の後ろの近代的な建物は、町での目印にはなりますが、あまりにもデザインが欧米の今風で違和感があります。オーストラリアやドバイのものを移築したように見えます。ここにこの建物はどうでしょうか。

 この反対の北側の政府宮殿には、チンギス・ハーンが鎮座しています。新しいものです。威厳のある姿です。
 
 
 
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 そのすぐ横にある民族歴史博物館に入りました。
 モンゴル各地の民族衣装は、楽しく見ることができました。
 社会主義時代と現代の民主化されたモンゴルが、バランスよく展示されています。説明による限りでは、弾圧から民主化への流れが、お互いを傷つけないように配慮されているように感じました。

 展示されているお琴の弦は10本でした。『源氏物語』をモンゴル語に訳す上で、6絃の和琴や7絃琴、そして13絃の箏などを、どのように訳しわけるのでしょうか。この点を、月曜日からの翻訳者との面談で確認したいと思います。
 キリル文字を導入する前のモンゴル語が、縦書きで左から右に書いていたことを知りました。したがって、写本などは左側を綴じています。
 また、民主化後は、かつての縦書きのモンゴル語も、学校で教えるようになったそうです。ただし、自分で書いたりまではできないとのことでした。
 展示室の一角で、筆で自由に文字が書けるところがありました。
 こんな感じです。チンギス、モンゴル、くに、という文字が書いてあるそうです。
 この字がうまいのかどうか、まったくわかりません。参考までに。
 
 
 
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 衣服などの展示は、これまた『源氏物語』を訳す上ではモンゴルの文化との違いがたくさんあることでしょう。これも、明日、確認したいと思います。

 ガンダン寺へ行ったのですが、冬ということもあり早くに閉まっていました。
 鳩の餌を売る子どもたちが、無理矢理餌を車の中に投げ込んでお金を要求します。追い返すのが大変でした。インドを思い出します。

 その周りのモンゴル特有のゲル地区を散策しました。街中に、丸いテントを張った住居が密集したところです。あまり私生活を覗き見しないように周回しました。

 晩ご飯は、ノミンデパート(旧国営デパート)の前にある、ハーン・ボーズへ行きました。モンゴル料理のファミリーレストランです。
 大きな餃子のようなボーズは、中国のパオズと同じ蒸した餃子です。この店のボーズは大きいので、3つでお腹がいっぱいになります。これと、野菜サラダとモンゴルミルクティを注文しました。

 このお店を出たところの公園の中に、ビートルズのオブジェがありました。
 
 
 
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 最初は、誰か行き倒れの人がいるのかと思いました。通りかかった人を、ドッキリさせるものです。

 今日の外気温は、マイナス25度のようです。
 身体も少し慣れたのか、突き刺すような冷たさはかんじませんでした。
 ただし、眼鏡が曇るのは困ったことです。鼻から口をマフラーで覆っているので、吐く息が眼鏡を曇らせるのです。マフラーの巻き方や呼吸に、工夫してはいます。しかし、すぐに曇って白く凍り付きます。
 曇り止めのスプレーなどは、売っていないようです。

 今日もまだインターネットが、部屋から使えません。
 悪戦苦闘しています。
 なかなかうまく記事をアップできません。数日遅れの更新となっています。悪しからず。
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | ◎国際交流
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