2009年12月25日

源氏私見(3)源氏物語本文研究略史

 今日は、国文学研究資料館が主催する基幹研究「王朝文学の流布と継承」の研究会がありました。
 私は、「『源氏物語』における傍記の本行本文化」と題する研究発表をおこないました。
 『源氏物語』の本文が2つに分かれることと、「蜻蛉」における傍記が本行の本文に混入することを報告しました。

 発表後にいただいた質問を2つほど。

 ・「推定 親本」とはどういうものか。
 ・2つに属さない写本はどうするのか。
 
 共に、今の私には説明のしきれないものなので、ありのままに思うことをお答えしました。
 発表することにより、今後の課題が改めて見えてくるようになりました。
 よい聴き手に恵まれたことに感謝します。

 以下、今回の[発表要旨]と、資料[源氏物語本文研究略史]を掲載します。
 [源氏物語本文研究略史]は、『源氏物語』の本文研究に関係する事柄を、時系列に列記したものです。
 『源氏物語』の本文の問題を考える時に、有効に利用していただければ幸いです。
 今後ともこれに手をいれながら、よりよいものに仕上げていきたいと思います。
 不備や追記事項がありましたら、教えてください。
 
 
 

[発表要旨]

 『源氏物語』の本文研究に関する関心は、昨年の千年紀イベントを通して大いに広まったと言えます。マスコミの取り上げ方を見ると、その傾向がよくわかります。『源氏物語』の本文のことが、第一面の、しかもカラー版でのニュースになるのですから(別紙参照)

  (A)ブログ「『源氏物語』では「標準本」と言うより「基準本」がいい」(2009・10・31)
    http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2009/10/post-9dc4.html

 しかし、『源氏物語』の本文を研究している方は、まだまだ少数です。そして、その研究は七十年以上も停滞したままです。
 従来は、池田亀鑑が提唱した〈青表紙本・河内本・別本〉という分類によって、『源氏物語』の本文が説明されてきました。今でも、それを継承した意見が多いようです。しかし、この池田亀鑑の分類は、昭和十三年(一九三八)までの写本調査の成果として示されたものであり、その後、多くの写本が確認されています。新たな本文分別が求められています。
 発表者自身も、研究を目指しながらも翻刻に多くの時間を割き、『源氏物語別本集成(全十五巻、約三億字校合)』と『源氏物語別本集成 続(第七巻まで刊行、約七億字校合、予定)』の刊行を続けています。しかし、いまだ資料整理の段階で留まっています。
 なお、『源氏物語』の本文について、私は〈甲類・乙類〉という、二分別試案を昨秋より提示しています。それまでは、〈河内本群〉と〈別本群〉という二分別私案でした。

  (B)ブログ「源氏私見(2)2種類の本文を読む受容形態の提唱」(2009・10・10)
   http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2009/10/post-949c.html

 また、多くの異文は、傍記された字句が本行に混入することによって発生したものであることも、例証して来ました。

  (C)ブログ「源氏私見(1)写本の傍記混入で異文が発生」(2009・10・9)
   http://genjiito.blog.eonet.jp/default/2009/10/post-d274.html

 今回の発表では、第五十二巻「蜻蛉」の本文を例にして、本文が二分別できることと、傍記が混入する様態を確認します。
 
 
 
 
[源氏物語本文研究略史]
(2009年12月24日現在)


  【「源氏物語年表」(『源氏物語事典』東京堂)より抜粋。※は伊藤のメモ】

※明治四十年(一九〇七)六月、大澤本のことが新聞に掲載
 十一月 小杉※邨(すぎむら、※は「木」へんに「囚」+「皿」)が大澤本を鑑定

※大正元年(一九一二)『国文叢書 源氏物語 下巻』(池邊義象編、博文館)の巻頭に「横笛」(後醍醐天皇宸筆)が「原本大和大澤氏蔵」として写真一葉掲載(伊井春樹先生からのご教示による)

・大正八年(一九一九)四月、山脇毅の論文「平瀬本源氏物語」成る、五十四帖中三十帖は河内本であるとした、大正十年十二月雑誌に登載

・大正十年(一九二一)三月、京都大学文学部から平瀬本源氏物語の内桐壺真木柱二帖がコロタイプ版で刊行された

・大正十一年(一九二二)十二月、山脇毅の「曼殊院本源氏物語」出ず、蓬生、関屋、薄雲三帖は河内本であるとした

・大正十四年(一九二五)アーサーウェーリの「英訳源氏物語」第一巻葵まで刊行、昭和八年(一九三三)第六巻刊行完結
 九月、金子元臣の「定本源氏物語新解」上刊行、昭和五年(一九三〇)三月下刊行、三冊完結、青表紙系の本文の大部分を河内本によって校訂した、上刊行の時、著者所蔵の河内本四十二帖の存在を発表した

・大正十五年(一九二六)四月、芳賀博士記念会は源氏物語注釈書編述を池田亀鑑に嘱託した、後諸注を集成することに変更し、更に本文の調査研究を主とし、諸注集成を副とすることに変更した

※昭和四年(一九二九)頃、池田亀鑑夫妻が大澤本を調査(ただし「45橋姫」以下は未了)

※昭和六年(一九三一)頃、佐渡で大島本が見つかる

・昭和七年(一九三二)六月、「日本文学大辞典」第一巻刊行、池田亀鑑執筆の源氏物語の項、その他関係の項は、従来の研究を概観した
 十一月、芳賀博士記念会の事業、池田亀鑑の「校異源氏物語」の稿本が完成したので、蒐集した資料の一部を東京大学で展観した、本文資料は青表紙系統六十二種、河内本系統三十四種、別本系統二十四種を算した
※(『源氏物語に関する展観書目録』によると、諸本列記の順番は「河内本系統」「青表紙系統」「青表紙・河内本以外の系統」の順。尾州家河内本が「伝後京極良経等各筆本(写真)」として3番目に掲出され、次に平瀬本(校合)が並ぶ。現今大島本は「伝飛鳥井雅康筆本」(写)として六一番目にあり、「青表紙本系統」のグループの中では二七番目となる。一二二番目に「校本源氏物語底本 河内本(禁裡御本転写)(室町時代)」、「特別陳列」リストの冒頭に「校本源氏物語原稿(第一次)〜(第五次)」、次に「校本源氏物語系統表」)(尾州家本、国冬本、東山御文庫本、池田本、正徹本、言経本、麦生本、阿里莫本等が河内本・青表紙本・別本いずれにも見いだせることから、まだ池田亀鑑による本文の分別が未了の時点のものと思われる。)(ここで校本の底本となったと思われる天理図書館現蔵の五十三冊に付された池田亀鑑筆の別紙(識語)には次のよう書かれている。「特、貴(此二字/朱書き)/河内本源氏物語五十三帖(一帖欠)/河内本源氏物語にして現存する写本/中東山文庫御蔵本高松宮家御/蔵本平瀬家蔵本等最も整へるものと/称せらるされとそれ等はなほ異本系/統のもの混入し合計四十冊以上に及ふも/のなし尾州家蔵本の如きも補写/の部分あり純粋河内本はこれまた四十/冊に達せす独本書は桐壺椎本の二/帖のみ補写初音一帖欠本にて他は悉く/河内本なりとす現在まてに発券せられたる/諸本中五十一帖完備したる河内本は実/に本書を以て唯一のものとなす書写年/代は永正年間なること確証あり/本書は学界の重宝として貴重す/へき希有の珍本にしてよろしく校本源/氏物語の底本として学界に弘布す/へきものなり/昭和七年十一月 識之」『天理図書館稀書目録 和漢書之部 第三』)

・昭和八年(一九三三)一月、池田亀鑑の「源氏物語系統論序説」刊行

・昭和九年(一九三四)六月、「尾州家河内本源氏物語」を金属版で複製刊行した、正嘉二年(一二五八)に北条実時が親行の本を写させたものである

・昭和十年(一九三五)十二月、山岸徳平の「尾州家河内本源氏物語開題」刊行、同十一年二月「河内本源氏物語研究序説」と改題刊行

・昭和十二年(一九三七)二月、東京大学国文学科で、芳賀博士十周年の忌辰に、源氏物語古写本、古注釈書三十余部を展観した
※(定家自筆本二冊の後に現今大島本を掲出、「本書は書写年代に於て必ずしも旧からずと雖も、現存諸本のいづれよりも原本の面目を最も忠実に伝へたりと推定し得る諸条件を具備し、本文考勘上きはめて重要なる資料たり。」。また、河内本の最初の尾州家本に「書写年代古く、本文に誤写少く、親行の本を以て書写したる由の奥書を有し、河内本の一証本として貴重なるものなり。」とある。三番目に現中京大学蔵本を掲出、「本書の学術上の価値は、標準に近しと推定せらるる句点声点を有し、本文も亦正しく、現存諸本中比較的形態の完全なる点に在り。」)『源氏物語展観書解説』より
 六月、吉沢義則の「対校源氏物語新釈」第一冊刊行、同十五年八月第六冊刊行完結、後同二十二年十六冊本再刊、二十七年には索引二冊を加えて八冊本刊行、湖月抄を底本とし、これに尾州家河内本を対校し、傍注頭注を加えた

・昭和十七年(一九四二)十月、池田亀鑑の「校異源氏物語」全五冊刊行、青表紙原本三帖、飛鳥井雅康筆本四十八帖、池田本三帖を底本とし、これに青表紙古写本二十三種、河内本二十種、青表紙河内本に属しない別本十六種の異文を欄外に挙げた、大正十五年(一九二六)以来の研究の一部を公刊したのである

・昭和二十一年(一九四六)十二月、池田亀鑑校注「日本古典全書源氏物語」一刊行、同三十年十二月、七刊行完結、校異源氏を底本として僅に訂正を加え、簡潔な頭注を施し、解釈上の注意を加えた

・昭和二十六年(一九五一)池田亀鑑の「新講源氏物語」上巻刊行、五月下巻刊行
 七月、佐成謙譲太郎の「対訳源氏物語」巻一刊行、二十七年十二月にわたって、首書源氏物語の本文との口語対訳七巻、二十八年八月総覧刊行で完結、総覧の人名辞典は空前の行届いた述作である

・昭和二十八年(一九五三)六月、池田亀鑑の「源氏物語大成」第一巻刊行、三十一年十二月にわたって八巻完結、定価二万四千六百円、空前の大出版である。本文は前の校異源氏物語五冊を校異篇三巻にあて、索引は一般語彙、助詞助動詞、項目一覧の三巻に分ち、研究資料篇には古写本の伝流を概観し、青表紙、河内本、別本に分って現存重要諸本を解説し、本文研究に最も関係の深い資料として源氏釈、奥入、隆能源氏絵詞、古系図三種、弘安源氏論義、原中最秘抄、仙源抄を翻刻し、図録篇は、源氏物語に現われる生活様相を理解せしめるものを主として、原色版三葉、写真版大小約六百面を収めた

※昭和三十一年(一九五六)『源氏物語大成 巻七研究資料篇』に大澤本の解説

※昭和三十五年(一九六〇)『源氏物語事典』の「諸本解題」に大澤本の解説

※昭和五十五年秋(一九八〇)河内本『源氏物語』の古写本(「校異源氏物語」の改訂版稿本の底本?)中京大学に収蔵

※平成元〜十四年(一九八九)『源氏物語別本集成』全一五巻(伊井春樹・伊藤鉄也・小林茂美編、おうふう)刊行開始

※平成十七年(二〇〇五)『源氏物語別本集成 続』全一五巻(伊井春樹・伊藤鉄也・小林茂美編、平成二一年までに第七巻まで刊行、おうふう)刊行開始

※平成十七年(二〇〇五)十一月、大澤本の存在が確認される

※平成二十〇年(二〇〇八)七月、飯島本と大澤本がマスコミに取り上げられる

※平成二十〇年(二〇〇八)十二月、影印本飯島本刊行開始(平成二十一年九月、全一〇巻完結)

※平成二十一年(二〇〇九)十月、宇治市源氏物語ミュージアムで大澤本展示
posted by genjiito at 22:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ◎源氏物語
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/178934289
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック