2009年12月23日

読書雑記(16)『朝青龍はなぜ強いのか?』

 先日、東京外国語大学の大学院生であるA君から、武蔵境の駅前で食事をしながらモンゴルの情報をたくさん聞く機会を得ました。
 新年早々にモンゴル語訳『源氏物語』の調査でモンゴルへ行くにあたり、当該書の「桐壺」巻だけでも日本語にしてもらうことが、その日の面談の目的でした。
 その話の中で、『朝青龍はなぜ強いのか?』(宮脇淳子、WAC)という本がモンゴルのことを知るのに最適な本であることを教えてもらい、早速読みました。
 
 
 
091222mongol
 
 
 
 本書は、モンゴルのことがよくわかります。ただし、題名が損をしていると思います。サブタイトルの「日本人のためのモンゴル学」というのが、本書の内容をストレートに表しています。いい本なのに、題名を見て通俗本として手にしない人が多いのではないでしょうか。
 私も、A君に紹介されなかったら、この題名を見ただけで読まなかったでしょう。

 本書は、第3章以降は、著者の専門ということもあるせいか、具体的でわかりやすい内容と展開になっています。しかし、それまでは、説明が中途半端で、話も飛び飛びで広がりすぎて、わかりにくいと感じました。申し訳ないのですが、前半の文章は、あまりうまくないのが残念です。いかにも、書くための文章が書かれています。

 以下、いくつか内容を引きます。

・「日本の平安朝に宮中でおこなわれたという射礼と騎射と相撲の三つの儀式は、現代モンゴルの祭典に見られる競馬と弓と相撲の三種の競技と、起源は同じであるといえる。」(33頁)

・「一九〇九年、初の常設相撲場となる「両国国技館」が落成した。つまりこのとき、相撲が、日本ではじめて国技となったわけである。
 しかし、現在の日本相撲協会は、一九二五年に設立された財団法人で、管轄官庁の文部科学省は、相撲を国技と認めていないのだ。だからいまでは、相撲は国技ではないのである。」(35頁)

・「自分独自の判断力があって運動能力に長けた男が、モンゴルの女から見ていい男なのだ。それでは、モンゴルでは、どういう女がいい女かというと、正確が強くてエネルギーのある女をモンゴル人は美人だという。」(65頁)

・「ウズベク人にサマルカンドを逐われて、アフガニスタンを経由しインド北部に入ったバーブルは、インドにムガール朝を建てた。「ムガール」というのは「モンゴル」をペルシア風に発音したことばである。
 北インドの標準語をウルドゥー語というが、ウルドゥーというのは、モンゴル帝国の君主の宮廷である大テント「オルド」のペルシア語読みで、宮廷で話されていたことば、という意味からきている。」(134頁)

・「日本の教科書に「女真」とあるのは、朝鮮と宋の書き方で、『遼史』『金史』『元史』『明史』は、みな「女直」と書いている。」(139頁)

・「モンゴル人は中国人が大嫌いである。」(159頁)

・「アルファベットの一種である横書きのチベット文字を利用して、これを縦書きにした新しいモンゴル文字を完成させた。これをパクパク文字と呼んでいる。」(169頁)

・「末松謙澄は、モンゴル史についても、ハワースの『モンゴル史』など英語の本を利用して詳しく述べるが、肝心のチンギス・ハーンと源義経が同一人物であるという論証に関しては、論拠は薄弱である。」(187頁)


 モンゴルを身近に感じることのできる本です。
 隣国理解に、最適な本です。
posted by genjiito at 00:40| Comment(0) | TrackBack(0) | ■読書雑記
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