2009年12月17日

池田亀鑑ゆかりの石碑と資料

 池田亀鑑は、明治29年(1896)12月9日に、鳥取県日野郡福成村神戸上(かどのかみ、現在の日南町神戸上)に生まれました。私が現地を訪問したのは、偶然ですが誕生日の翌日だったことになります。本籍地は日吉村久古(くご、現在の岸本町久古313の1)です。池田家は代々亀右衛門を襲名していて、祖父が亀の一字を取って亀鑑(かめのり)と名付けたそうです。私は、亀鑑を「きかん」と発音していました。
 鳥取師範学校を卒業した大正5年(1916)から2年間、池田亀鑑は日野郡溝口尋常高等小学校の教師でした。黒い詰め襟の服に下駄履きという、我々が知る学者像からは想像もできない青年教師だったようです。高等科2年生と6年生の担任をしています。
 次の写真は、後に紹介する岸本町の公民館にあったものの一部です。
 
 
 
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 教え子たちが、池田亀鑑が愛した「学びて然かる後足らざるを知る」という座右の銘を刻み「池田亀鑑先生学恩碑」を建てました。碑文は自筆です。
 
 
 
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この地は、元の東京大学教授、文学博士、池田亀鑑先生の、大正五・六年、溝口尋常高等小学校訓導として、教育に熱情をささげられたところ、しかも、国文学界空前の偉業たる、先生の源氏物語研究の源は、じつにここに発したのである。いま、当時の教え子ら、先生を追慕し、その文字を刻み、学恩の碑を建てる。


 この碑は、伯備線の伯耆溝口駅に近い、町役場溝口分庁舎の前に建っています。
 たまたま、この時に車を運転してくださっていた大山町図書館長の船原さんが、役場の中へ入って何か資料がないかを聞いておられた時です。対応に出られた方が、偶然、図書館の司書の方で、船原館長の知り合いの方だったのです。お互いが、あなたは、ということで話が弾み、次に町立岸本中学校へ行くなら、その手前にある町立岸本公民館に池田亀鑑の資料があるはずだ、ということを教えてくださいました。そして、ご丁寧に、公民館に電話連絡をしてくださり、資料を用意しておいてもらえることになったのです。

 大急ぎで車を走らせて、町立岸本公民館へと急ぎました。
 職員の方は、卒業記念写真をはじめとして、池田亀鑑が編纂した尋常科五・六学年用の郷土読本や手紙などを、快く見せてくださいました。あいにく教育長が会議中のために席を外せないとのことで、自由にしばらく調査させていただきました。

 少し暗くなりはじめたので、これまた大急ぎで町立岸本中学校へと急ぎました。ここには、池田亀鑑の記念碑があるのです。
 しかし、校内のどこにも見あたりません。入口で先生に聞くと、校門の外にあるとのことで、日の暮れないうちに写真をとるために、またまた大急ぎで外へ出ました。
 ここには「生涯稽古」という文字が刻まれていました。
 
 
 
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 石碑の裏面には、次のように彫られています。

国文学者池田亀鑑博士の業績を顕彰し後進の鑑に之を建立す 碑文は博士が郷里に贈られた著書から直筆を転写す


 この碑まで案内してくださった先生は、校舎の中に池田亀鑑の書があるとのことで、またまた走って校舎に戻りました。
 それは、岸本町教育長の書に「桃園」という雅号印が捺されたものでした。「桃園」が池田亀鑑の雅号ということで、池田亀鑑に関係するものとされているようです。

 池田亀鑑の教え子や町民が、先生を誇りに思い慕っていることが、こうした碑文などが大切に守り伝えられていることから伝わって来ます。今後は、池田亀鑑のなした仕事を、学問的に評価する必要があると思います。
 私も、池田亀鑑が手がけた『源氏物語』の本文研究を追い、その成果を批判的に検証しているつもりです。そして、昭和13年以降の写本の整理が未完のままである現状をなんとかしようとして、『源氏物語別本集成』全15巻(伊井春樹・伊藤鉄也・小林茂美編、平成元〜14年、おうふう)と、『源氏物語別本集成 続』全15巻(伊井春樹・伊藤鉄也・小林茂美編、平成17〜刊行中、おうふう)を刊行しつづけています。池田亀鑑ができなかったことに着手しているわけです。
 しかし、まだまだ道半ば、というところです。

 なお、池田亀鑑は、大正5・6年の2年間だけ溝口尋常高等小学校訓導をした後、この鳥取の地を離れて東京高等師範学校へと移り、さらに東京大学へと進んで研究者として歩んで行きます。
 日南町の図書館で入手した『日南町史』(全3冊)には、池田亀鑑については簡略な説明のままです。この次に補訂版を作成される時には、さらに詳細な解説がなされることでしょう。

 それにしても、今回の日南町を経巡る旅は、「人」に恵まれ「縁」というものを実感させてくれるものでした。
 懇切丁寧に案内してくださった足羽さん、最初に情報をくださった久代さん、運転手に徹してくださった船原さんに、心より感謝いたします。ありがとうございました。

 1日で、こんなにたくさんの人や物に出会えたことは、まさに奇跡としか言いようがありません。
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | ・ブラリと
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