2009年12月16日

池田亀鑑ゆかりの日南町

 久代安敏さんの母校は旧石見東小学校だそうです。
 
 
 
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 この石見東小学校の校門を上った正面に、池田亀鑑の「学才にあらず 閥派にあらず たゞ至誠にあり」という言葉を刻んだ碑が建っています。昭和43年(1968)の建立だそうです。
 そして先月の11月3日に、新しく池田亀鑑の略歴を刻んだ石碑がこの横に建てられ、除幕式が執り行われました。この碑には、池田亀鑑の写真も添えてあります。
 
 
 
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 建碑にあたっては、「池田亀鑑文学碑を守る会」が町内外の230名から協賛を得られたのだそうです。
 この碑が建てられているのは、かつて池田亀鑑の両親が教鞭をとったこの小学校の敷地の入口近くです。
 
 
 
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 しかし、その小学校は最近閉校となり、2階のガラス窓には、

あり□□□ さよ□□□ □□東小学□


という、模造紙に手書きされた文字が残っています。しかも、その内の何枚かは、すでに剥がれ落ちていました。

 寂しさを胸に押し留めて見上げずにはいられない、時の流れを痛感する光景です。

 なお、池田亀鑑が生まれたこの神戸上のことは、随筆集『花を折る』に語られています。
posted by genjiito at 02:02| Comment(2) | TrackBack(0) | ・ブラリと
この記事へのコメント
もう目いっぱい紹介してくださいましたね。なんだかウキウキしてきます。もしあなたが、『ゼロの焦点』や『球形の荒野』や『天平の甍』などのことについてブログで語られなかったら、この出会いは無かったかも、と思うとちょっとミステリーですね。
ところで、井上靖も松本清張も羊羹が大好き、池田亀鑑はどうだっただろうとふと、想像してみました。小豆って赤いダイヤと言われていたように、砂糖もまた貴重品でしたからね。
松本清張は、大根おろしが大好物で食卓は、まず大根おろしから始っていたそうです。今が旬の大根を土に埋けながらの閑話です。
Posted by 久代安敏 at 2009年12月16日 09:00
出会いの楽しさを知りました。
ありがとうございました。
池田亀鑑と羊羹について、調べてみます。

今回の一連のブログの影響もあってか、本日、池田亀鑑に関する原稿の依頼が来ました。
これから、本格的に生い立ちをはじめとする資料収集に手を着けます。
いろいろいと教えてください。
Posted by genjiito at 2009年12月16日 22:44
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