2009年12月14日

井上靖ゆかりの日南町(2の2)

 井上靖が認めた文学碑の横に、奥さんのふみさんが書かれた井上靖の詩碑が、並んで建っています。
 
 
 
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 その左の少し小高いところに、井上靖記念館「野分の館」が建っています。
 『通夜の客』には、次のようにあります。

 歩いてゆく道の途中、時々、行手から野分が吹いて来ました。風道に立つと、二人は立止まって背を向けて風をやり過しました。

(中略)

 また野分が過ぎて行きました。風に吹き運ばれるように、あなたは合外套の裾をばたつかせながら向うへ歩いて行かれました。(『井上靖全集』第1巻557頁〜579頁)


 
 
 
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 この記念館が無人の設備として運営されていることに驚きました。地元の人たちが、朝カギを開け、夕方になると閉めに来られるのです。その間は、受付や案内人はいません。そして、いつもきれいな状態で健全に保たれているのです。いろいろと苦労はあるのでしょうが、観光施設としては理想的な運営と言えるでしょう。

 中の展示室には、ぐるりと取り巻くように詳細な年譜が揚がっています。たくさんの写真で、井上靖という作家を語っています。原稿や著作物なども、所狭しと並んでいます。
 
 
 

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 情報過多のきらいがあります。しかし、これは地元の方々の井上靖に対する篤い思いの表れであることが、見ていくうちに伝わってきます。心のこもった展示室になっています。

 町として井上靖に名誉町民の称号を贈ったときのものが飾られています。
 
 
 
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 敬意の発露としての称号なのです。
 ちなみに、松本清張にも名誉町民の称号を計画されていたそうです。しかし、清張は断ったとのことです。清張にとっての日南町が何であったのかをしる、大きな手がかりになることだと思います。自分の出自に関するモヤモヤが、町からの申し出を振り切ったのです。そうした清張の心の内面を、もっと掘り下げて人間清張を見つめていきたいものです。そのカギは、日南町にあると、私は思っています。

 井上靖の作品は、たくさんの言語で翻訳されています。その一端が、こうして展示されています。
 
 
 
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 この、井上靖の外国語訳の実態は、今後の新しいテーマになることでしょう。私が『源氏物語』の翻訳本の整理をしているように、誰かが井上靖の翻訳本を整理し、その種々相を考察していくべきです。すでにいくつか成果があることは知っています。しかし、多国語翻訳の実態と、言葉で移し換えられた文化の移植にまつまる問題は、まだまだ新しくて魅力的な研究課題です。

 野分の館の前の道から、F村とされた集落を見下ろしました。
 
 
 
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 やはり、『通夜の客』をもう一度読むことは、しばらくは控えましょう。

 作品の舞台が、さらなるイメージをふくらませてくれることが期待できる、そんな日南町が今もそのままにあることは、ホッとするとともに、私にとっては恐ろしいことです。作家の作品世界とコラボレーションできる、こんなすばらしい景色はありません。それを残す場所を発見した気持ちになりました。しかし、やはり怖い場所になりました。
 そう言いながらも、またこの地を訪れるはずです。
 日南町は、魅力的な所であることを、知ってしまったからです。
posted by genjiito at 00:17| Comment(0) | TrackBack(0) | □井上卒読
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