2009年10月10日

源氏私見(2)2種類の本文を読む受容形態の提唱

 昨日の「源氏私見(1)写本の傍記混入で異文が発生」に関連して、これまでに提示している私見の確認をします。

 今年の正月に、次の記事を掲載しました。

『源氏物語』の本文は2種類ある」(本ブログ2009年1月15日掲載)


 この『源氏物語』の本文に対する分別案については、まだどなたの支持もありません。学会からの反応もありません。
 これは、私見が無視されているのではなくて、おそらく、確認すべき本文資料が容易に入手できないからではないか、と思っています。
 私見の拠り所となっている『源氏物語別本集成』と『源氏物語別本集成 続』の翻刻本文は、あくまでも私とその周辺の仲間が作成したものです。私案の検証をするためには、できればこの翻刻本文ではないものに基づくのが理想です。しかし、なかなかそのような環境に身を置く研究者はおられないのが実情です。

 私案に対する反応が出るまでには、まだまだ時間がかかりそうです。
 とにかく、どなかたが支持なり不支持なりの意見を示して下さる日が1日も早いことを願っています。

 参考までに、最近公表した私の研究成果を列記します。

(1)「若紫における異文の発生事情 −傍記が前後に混入する経緯について−」
   (『源氏物語の展望 第1輯』森一郎・岩佐美代子・坂本共展編、三弥井書店、2007・3))

(2)「〈河内本群〉を指向した下田歌子の校訂本文 −『源氏物語講義(桐壷)』の検討を通して−」
   (『講座源氏物語研究 第7巻 源氏物語の本文』伊藤鉄也編、おうふう、2008・2))

(3)「海を渡った古写本『源氏物語』の本文 −ハーバード大学蔵「須磨」の場合−」
   (『日本文学研究ジャーナル 第2号』伊井春樹編、国文学研究資料館、2008・3)

(4)「源氏物語本文の伝流と受容に関する試論 ―「須磨」における〈甲類〉と〈乙類〉の本文異同―」
   (『源氏物語の新研究』横井孝・久下裕利編、新典社、2008・10)

(5)「海を渡った古写本『源氏物語』の本文 ―ハーバード大学蔵「蜻蛉」の場合―」
   (『日本文学研究ジャーナル 第3号』伊井春樹編、国文学研究資料館、2009・3)

 特に、上記(4)では、次のようにまとめて書きました。


以上で確認したように、少なくとも2種類の物語本文に目を配ることにより、平安朝の『源氏物語』を読むことに近づくことが可能となる。

これは、一本でも多くの古写本を翻刻することを心がけて来た成果からの、新しい読み方の提案となるはずである。

〈平安時代の物語本文の復元〉という夢を追う時代は終わった。

〈2種類の伝流本文を読む受容形態〉が、おぼろげながらも見えて来たのではないか、と思っている。
(八三頁)



 この2種類というのは、具体的には《陽明本と池田本を読む》ということになります。

 私の研究手法では、『源氏物語』の本文の分別は1巻ずつを根気強く進めていくしかありません。
 気の遠くなる作業を伴う研究ですが、コツコツと続けていきたいと思います。
posted by genjiito at 00:59| Comment(0) | TrackBack(0) | ◎源氏物語
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