2009年09月03日

井上靖卒読(89)「岬の絵」「あすなろう」「断雲」

■「岬の絵」

 10年の年を隔てた、人の心を描きます。
 井上にとって、南紀の海は思い出の地なのでしょうか。よく、作品に出てきます。それも、逃避の地として。 画家の話も、この後も、よくその作品に出てきます。
 刻一刻と移りゆく女の心の中を、うまく描いています。回想と追憶を巧みに取り込んだ、心中思惟の物語です。【4】



初出誌︰電信電話
初出号数︰1950年5月号

短編集『青いボート』(昭和33年5月15日、光文社)所収
井上靖全集2︰短篇2





■「あすなろう」

 青春の中にある、若者たちの明るさがあります。
 明日は檜になろうと夢見る若者たちは、「あすなろう」を合い言葉に、前を向いて生きていきます。
 男4人に女1人。女1人というのが、いかにも青春の話になっています。マドンナです。
 4人の男が対立する時に、白い月光が降っています。緊迫感を月光が演出しています。
 あの頃は良かった、と15年を経ての同窓会です。
 青春の日々の激情と感傷を、ごく自然に描いた佳作です。
 田鶴子の演技が明かされる最後の場面が、とてもいいと思います。【5】


※本作品は、「井上靖卒読(79)「霰の街」「あすなろう」「戦友の表情」」で紹介した、1937年5月5日発行の京都帝国大学新聞に発表された同名の短編とは異なります。
 1953年から連載が開始される『あすなろ物語』(「井上靖卒読(71)『あすなろ物語』」)の前に、1937年と1950年に、こうした2つの短編が書かれていたのです。


初出誌︰サンデー毎日
初出号数︰1950年5月新緑特別号


短編集『死と恋と波と』(昭和25年12月10日、養徳社)に収録
井上靖小説全集 6︰あすなろ物語・緑の仲間
井上靖自伝的小説集4
井上靖全集 2︰短篇2


■「断雲」

 新聞記者である多木の心情が、大阪での空襲という状況の中で、丹念に描かれています。
 雌猫に喩えられる心情が、家族の疎開に関連させて語られます。そして、義妹との少し妖しいやりとりが、巧みに描かれるのです。
 時局を背景にした、一人の男の人間に対する思いは、冷静です。それでいて、温かくもあります。
 伝書鳩による新聞記事の運搬は、非常に興味深い事例です。
 最後に多木が流す涙は、もう少し語ってほしいところでした。【3】



初出誌︰小説公園
初出号数︰1950年6月号

短編集『死と恋と波と』(昭和25年12月10日、養徳社)に収録
文春文庫︰貧血と花と爆弾
井上靖小説全集 3︰比良のシャクナゲ・霧の道
井上靖全集 2︰短篇2
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | □井上卒読
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