2009年06月05日

井上靖卒読(73)『詩集 乾河道』

 『詩集 乾河道』は、井上靖の第6詩集です。
 昭和51年から59年にかけて発表された詩です。
 『すばる』に発表され、後に『井上靖 シルクロード詩集』(昭和57年、日本放送出版協会)に収録されたものが中心となっています。

 この中の「孔子」という詩は、昭和58年に『すばる』に発表されたものです。

 井上靖の最後の小説『孔子』は、昭和62年に『新潮』に連載が始まり、昭和64年に完結しました。作者80歳から82歳にかけての作品です。原稿用紙700枚の長編小説です。
 小説執筆に先立つ前年の昭和61年には、「いまなぜ孔子か」(『新潮45』5-5)で、「私は近く、孔子のあとを訪ねるために中国にまいります。」と冒頭で宣言しています。そして、「いずれ私が書きます小説でじっくりと読んでいただけたらと思います。」と締めくくっています。
 最後の最後まで、井上は意欲的に創作に取り組んでいたのです。

 詩「孔子」では、『論語』には編者が大切な一行を落としているのでは、という想定をしています。そして、一行を加えることで、孔子の言葉に生気が蘇り、生き生きと大原野を移動する無頼の大集団が見えてくる、と言うのです。
 言葉を補うことで、独自の解釈を展開しています。なかなかおもしろい『論語』への対峙のしかただと思います。

 作品を受容する過程には、このように失われているものを想定する読み方が、ここで確認できます。

 「小説「孔子」の執筆を終えて」(朝日新聞、昭和64年10月23・24日夕刊)によると、「10年程、あれこれ気ままに、「論語」の勉強をさせてもらった。」と語っています。別の所でも、70歳前後から『論語』を読み始めたと言っています。

 10年間、井上靖は『論語』を編者になったつもりで読んでいたようです。
 そして、その一例が、詩としての「孔子」に見られると言えるでしょう。
 井上靖の詩というものが、自身の思索の道程を示すものであることがわかる好例だと、私はこの詩に対して考えています。
 

 「遠い日」という詩は、井上の小説を理解する上で、大切なものだと思います。
 生まれて七日目に亡くなった嬰児を抱いて、京都の妻の実家に連れて行くのです。枯れ葉の重さしかなかったと言います。
 死と生についての最後の言葉は、生者である父が、死者である嬰児に守られている、というものの見方を示すものです。

 この詩集『乾河道』には、好きな詩がたくさん入っています。
 人間が、雄大な自然の中に点描されています。
 文章のような井上の詩のスタイルにおいて、こうした描写は最適なものになっていると思います。



昭和59年3月25日
集英社
74篇収録

井上靖全集1︰詩篇
posted by genjiito at 21:09| Comment(0) | TrackBack(0) | □井上卒読
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