2009年05月20日

京洛逍遙(79)雲林院の歌碑

 紫野にある雲林院の境内は、入った人が誰でもその狭さに驚きます。
 『大鏡』などの舞台になった寺なので、大きな寺院だと思われています。
 ただし、現在の雲林院の東にあるマンション「パークシティ北大路」の外壁に、発掘の成果が掲示されています。
 平安時代の雲林院の規模を知るのには、このマンションに立ち寄るといいと思います。
 さらには、このマンションの東側に、紫式部と小野篁のお墓があります。


 さて、その今の雲林院の境内に、立派な僧正遍照の歌碑があります。


     僧正遍昭

 天つ風雲のかよ比
千ふき登ぢ餘
 をと免の姿しば
  しとゝめ無




 『百人一首』でも有名な歌です。
 ここに刻まれた和歌の文字で、「ふきとぢよ」の「よ」の字母(かなの元となった漢字)が、すぐに思いつきませんでした。
 歌碑の前で、しばし黙考。
 あれこれ思いを巡らせて、ついに諦めました。


090520jibo歌碑



 家に帰ってから調べてみると、「食」偏に「余」という字(餘)だったのです。
 てっきり、人偏「イ」に「半」という字の崩しだとばかり考えていました。
 古典籍を見る機会が多いので、変体がなには慣れているのですが、これには気づきませんでした。

 さらには、この雲林院については、本ブログでかつて取り上げていたことが、調べていてわかりました。
 その記事を見て、またまたガッカリです。


源氏のゆかり(6)説明板31-雲林院(2008年5月 6日)


 正しく字母を「餘」と翻字した後に、「正確な字母は後日確認します」と書いているのです。
 あの時よりも、今はさらに思考力が低下しています。

 『源氏物語』の写本では、これまでに「餘」の崩し字は見かけなかったように思います。
 和歌などの資料には、よく出てくるのでしょうか。
 自分の知っている世界だけではいけないことを、痛感する機会を得ました。
 そして、1年前のことがすっかり記憶から抜け落ちていることに、自分ながら驚いています。

 恥ずかしいことですが、これから年と共にこうしたことが多くなるでしょうから、あえて記しておくことにしました。
posted by genjiito at 20:37| Comment(0) | TrackBack(0) | ◎京洛逍遥
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